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2017. 06. 18  
連日夜10時まで日が出ている夏時間を楽しみながら、7年待って1週間で燃え尽きるセミのような気分でいます。私たちの人生もこんなもんかなと。人生でスパークする瞬間て、長い長い待ち時間のあとのほんのひと時。その一瞬その瞬間に全身全霊を捧げるために、残りの暗闇で暖かい夢を見ている。その一瞬のその場その時に生ききるために。千年待って一瞬。でもその一瞬が千年。

本当はその大きな波は自分で決めたのだけど、あまりに壮大な時間の流れなのでいつの間にか細部にとらわれ、自分で作ったシナリオを忘れてしまっていた、というのがこの世を生きるわたしたちなのかも。

先日久しぶりにダンスを観に行ってきました。WiesbadenのStaatstheaterで行なわれているRough Lines.イスラエルの振付家Itamar Serussiが振り付けたもので、舞台を完全に変えた2本立ての構造。ストーリー性があって、わかりやすくて、なにより生演奏の音楽と美しいコスチュームがよかった。人間て美しくてセクシー。こういう表現をできる人たちってもうその存在そのものに拍手。ありがたい。

このショーはイスラエル出身という彼のバックグラウンドが作品に多大に貢献しているようで、一本目は呪術で生きていた古代の私たちの記憶を呼び起こすような地に響くリズムが始終鳴り響き、このバックグラウンドの生演奏にとにかく魅了されました。この音楽のCDほしい。とにかくあの着地した踊り、これ自分自身のために踊りたい。2本目はどこかエジプトを連想したのですが、対照的に振り付けはうんとエアリー、セクシー。ああ男性ってこんなにセクシーで、女性ってこんなにセクシーだったのねとうっとりしました。人間がいまの私たちの体型になったときの原型?そんな美しさ。原始時代、いまのロックやポップがない時代、人々はこういう呪術や踊りでエネルギーを鼓舞し生きる力に変えていたんだろうなと改めて感じました。時代は変わったようで私たちは変わってない。

Wiesbadenに向かう道はむせかえる緑が迫る夏の力強さを見せてくれて、長いショーが終わってもまだ陽が出ていた。劇場のキャンティーンで夜遅くまで話し込んで、くたくたになったはずなのにエネルギーをたくさん注いでいただけたような貴重な一日でした。

思えば今年になってますます、一対一という関係に没頭していて、気がつくと不特定多数に対して発信するエネルギーがもう残っていない・・。もうすこししたら、もうちょっとバランスのとれたアウトプットになるかなとも思いますが、いまはこの時間あなたととにかくガチで勝負みたいな感じの日々が続いているので、ワンワン鳴く夏のセミになるのはもうすこし先になると思います。今年の直傳靈氣も本当にガチの個人へのメッセージを届けに行くつもりだし。外への働きかけを一切サボっているのに、私を見つけてご連絡くださった方、いまでも忘れずご連絡くださる方、本当にありがとうございます。感謝しています。まもなくお会いするのを本当に楽しみにしています!
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2017. 02. 05  
先日Sebastian Matthiasが博士課程の一環として作ったコンテンポラリーダンスの作品groove spaceがフランクフルトのMousontormで3日間だけ公演されて、そこに行ってきました。10代から海外で活躍する寺山春美さんが出演してらっしゃいます。目が印象的な彼女。踊ると妖精みたい。2012年にローザンヌで優勝した菅井円加さんを連想する、踊るのが大好き、楽しい!というオーラを放っていて、なんだか直視するのが眩しいくらいでした。あれは男性にとっては悩殺の目力。ヨーロッパで活躍する日本人は日本人ぽいところが強みになるのですが、彼女はそうではなくて、日本語話さないかぎり日本人とわからないところが印象的でした。

これは面白かった。いや何を観てもいつも面白いのですが、この作品にはなにかとりわけ個人的な反応をしてしまった・・・。

振付家のセバスティアンのこの作品は、いままでのところスイス、ドイツ、日本で上演されてきたのですが、面白いのはこれが観客とダンサーの間に境界線を設けない、観客参加型の作品だということ。いまこういう形態の作品が多いようで、私たちの共通の関心が照らし出されているよう。おもむろにストリートでパフォーマンスを始めたら、群衆がだんだん集まってなにか大きな盛り上がり方をすることがありますが、それを毎回インプロでやっているみたいな感じです。群集心理、対人間関係での境界線の問題、人とつながり、関わり、離れる、というプロセス、こういった心理的テーマがクリアにあぶり出されていて、みごとだなと思いました。

8時開演のチケットを持ってドアの前に待っていたら、8時を過ぎてもドアが開かない。だんだん時計が気になりだし、腕時計をチラチラみながら、泳ぐ目でまわりを見渡す。以前ダルムシュタットまで2時間かけて行った公演で、入り口がよくわからず間違った入り口の前で待っていてしまい、開演後違ったとわかっても正しい入り口がわからず劇場を走り回った挙句、やっと辿り着いたドアの前で警察官みたいな係員に事情を説明し泣き落としをかけたのに絶対ダメ!と門前払いを食わされ、惨めに帰った悪夢が蘇る。15分経ったところでもう不安がピークに達し、2階から人がだーっと降りてきた時、あっちだったかと人の波に逆らい心拍数危険区域のスピードで階段を駆け上がり、いつまでも階段の中盤でたむろしている人にイライラと目線を送って別の入り口にたどり着くと、中ががらんどう。一体全体どうなっているんだろう????

とぼとぼ階段を下りながら、不安で不安で、ふと隣の目立つ感じの女性にチケットみせながら声をかける。「このチケットの公演を待ってらっしゃいます??」「ええ」「もう時間過ぎてますよね」「ええ、たぶんこれもその舞台の一つなんでしょうね」「はあ?」

観客参加型とは聞いてけれど、ダンサーがいないじゃないの。

他の人たちは連れ立って来ているから楽しそうに団欒していて、私のような浮いた感じがない。ぽつねんと立つわたし。身寄りがない。心細くて惨め。周りをチラチラみていたら、となりに立っていた見栄えのいい男性が笑いかけてきた。その視線が場にそぐわず妙に親密に感じてとっさにガンメで返し、目をそらす。

みると、入り口の前の床に、2人の男性が裏紙を一枚一枚丁寧に並べ始めている。シュレッダーにかける前の、事務的な資料。これ読めってこと?でも裏返しだから読めないし。覗きこみに行って意味がないとわかり、しばらくそのふたりの注意深くてでも無意味な作業をぼーっと眺める。この2人の作業によって床に3m x 4mくらいの白い長方形ができたところでやっとドアがあいて、ホッとして中に入る。

ホッとしてなかに入ったら、暗い部屋に白色蛍光灯が不安な色を灯す無機質な空間。

え、ダンサーは?

展示場なんだろうか。椅子もないし、舞台もない。しかたなくうろうろ歩き回って探索して、私どこに立てばいいの、どこにいればいいの、と自分のコージーコーナーが決めきれずうろうろしていたら、変なぶっぶっという音がするのでふと顔を向けると、なにか座って蛍光灯をいじって音を出している人がいる。ああ、スタッフか。機材の調整?それにしてもいつになったら始まるんだろう。

暗いから自分の最高に不機嫌な顔を人に見られる心配もないのをいいことに、ムッとした顔のままその人をじっと見つめる。片付ける様子もない。なにかだんだん演奏をしているような気がしてきた。定期的なリズム。あ、この人演奏しているのか。それにしても地味で変わった音源。

展示場を見て回る人たちがうろうろと動き回るなか、ある一定の動きをしている人がだんだん目に入ってきた。あ、群衆のなかに紛れていたのね!と今更わかった。

最初トラウマ的記憶や苦手な状況で心理状態マックス悪かった私としては、席もなく、妙にダンサーが近いところに来て笑いかけられたりしてしまったりすると居心地の悪さが増し、身の置き所がなくてもう逃げ出したい衝動にかられました。でも出口が閉まっている。

一見無秩序ななかで、だんだんと揃った動きが起こり始める。観客の私はどこまで参加していいのか途方にくれる。下手に動いたら他の観客の邪魔になるし。同じくダンサーたちにインプロを仕掛けられる観客たちが照れたような笑いとぎこちない動きを返している。ダンサーたちが「西巣鴨」を連呼しながらラップをし始める。え、西巣鴨???明らかに日本語。彼ら日本に何度も行って、日本のものをかなり作品に取り入れている。

地味だと思っていた蛍光灯の音が、いつの間にか大音量になっていて、アフリカの太鼓を彷彿させる地響きのするリズムを刻んでいる。私この音好き!!!五臓六腑に響いて、ガンガンに動き出したい。しかしここで踊っていいのはダンサーだけのはず。本来だったらめちゃくちゃ身体を動かしたいはずのリズムで踊れないくやしさを小刻みな足踏みでがまんして、でもなんだか顔は笑顔になっている。今日は笑わないと決めたのに。

そうこうしているうちに観客も巻き込んだ紙吹雪での雪合戦が始まり、最初は離れて立って紙吹雪をうけないようにしていた私も、後ろからざーっとかけられて鎧を下ろしました。もういっか。

しまっていたドアがあいて、待っているときに失礼な感じで私の足元の床ぶきをしていた掃除夫(いや彼もスタッフ・・)が入ってきて紙吹雪をモップで掃除し出す。それに続いて、たくさんのモップとちりとり参上。え、これで掃除しろって?床を掃除しないと次のステージ始められないわよね。もしこれで終わりだとしても、掃除は必要だろう。

日本人の性で、労働となるといきなり参加を始める私。タスクオリエンテッドなんだなー、居場所がないとき、労働の機会があるのは救い、と自分の性格を分析しつつ勤勉にモップを動かしながらふと横を見ると、器用にちりとりを扱っているのも日本人女性だった。あとで聞いたのですが、日本でこの掃除場面では女性しか参加しなかった回があって、めちゃくちゃダンサーの不評を買ったとのこと。

そうこうしていたら、ダンサーがひとり、またひとりと観客を誘って外に出る。私も仕事を終えてついていったら、私たちを上から写していた映像が、最初に床に作った裏紙のスクリーンに映し出されていた。私が必死に床を掃除している様子もばっちり・・・もう嫌・・・

さらに驚いたのが、入り口で私に笑いかけた人が振付家のセバスティアンで、私が話しかけたのもスタッフだったということ。最後に彼らとのトークがあってそこで知りました。

彼らによると、この着想は渋谷交差点から来たということ。日本人があの一瞬無秩序に見える交差点で、どうやって優雅に身を交わし合って短時間に目的地にたどり着くかをずいぶん研究したとのこと。

思わず返してしまいました。渋谷交差点って、最も人がアグレッシブになる場所の一つだと思うんですけど。日本人てお行儀いいし人に気を使うけれど、匿名になった途端に嫌な人になる民族。駅、電車、渋谷交差点というのは私にとっては匿名の場所。こういう親密な作品の題材に使うなんて全く似つかわしくないから、面白い。

ヨーロッパにいてよく思うのが、レディファーストが徹底しているところ。人と人がかちあった時、かならず譲る動作をするくせがついているところ。ドイツ人の車の運転のマナーの良さとも通じる。日本人は違う。かちあった時、かならず自分が優位な場所をより早く取りに行く。ディフェンスを抜く作業が日本人得意なのは人ごみで練習してきているからかも。


ということで、笑えるくらい見事に短時間で心理操作されました。娘にもよく言われますがばかみたいに簡単に機嫌が変わる。私はどういう状況でアクティベートされ、どうやってグループから疎外され、どうやってグループに入り、どうやって人と繋がり、どうやって離れようとするか。大金を払って何年もアカデミックな形で関わってきたけれど、こうやって一瞬で気づかせてしまう技術がダンスにはある。すごい。

面白かったのは、こうやって観客とダンサーの間に境界がないことで、毎回完全にインプロになるということ。だって観客が毎回どこに立つか全く予想できない。私が行った時はたまたま部屋の真ん中に立つ観客が多く、ダンサーたちが踊る十分なスペースがなかった状態で、いきおいあちこちに分かれて踊る羽目に。こうなると息を合わせるのはこれもインプロの蛍光灯の音と、観客という障害物を越えた、それぞれのコネクトの意識。これはすごいなーと思いました。人間を間に挟んだ状態でのコネクト。こんな風に観客がばりばり障害物になるときや、逆にすべての人が壁にはりついて全くパフォーマンスを傍観しているだけのときもあり、毎回のダイナミズムがダンサーたちにとってもとても面白いものなのだそうです。

ところで、特記事項。あの独特のリズム感で躍動させてもらい、めちゃくちゃファンになったあの蛍光灯(OPTRONという)の人、最後にお話しすることができたのですが、なんと日本人でした!!!!存じ上げなかったのですがこの形態の演奏の生みの親でいまや世界中で活躍中の伊東篤宏さん。勝手にアメリカ人と思いこんでいたので、日本語を喋り出した時には卒倒しそうになりました。地味な操作をしてるなと思ってるうちにいつのまにか観客とダンサーを根こそぎ抱えてもっていくような場を作り出してしまった彼、この音のセンスとリズム感てすごい。しかも彼がまとめているのに本人ご自身は最後まで俺は放っておいてくれ的オーラを醸し出し続けるあの徹底した感じがいい。いや日本人のこういうところ、いいですね。ホームページいただいて拝見させて頂いたら、肩書きはOPTRON プレイヤー、美術家。ってミュージシャンじゃなかったの!

ご本人は、ミュージシャンと呼ばれることに抵抗があり、ダンスとのコラボレーションでしっくりきたのは数回しかないとのこと。じゃああれは本領発揮の舞台ではなかったのか。OPTRONプレイヤーという、一般人にはまずすぐに思い浮かばない肩書きで通し、(でそれで通るようになった)もしそれを説明するとしても自分はミュージシャンではなく美術家である、というなにか頑とした美意識がやっぱり非凡だと思いました。私自身もどこにも収まりきらない自覚があるのですが、こんな風に貫けるか・・・考えさせられました。いまでも十分ご活躍ですが、これからのますますのご活躍をお祈りします。

とても面白い体験だったので思わず微に入り細に渡り描写してしまいました。ネタバレ・・・・?一抹の不安・・・
2017. 01. 07  
一足出遅れましたが、明けましておめでとうございます。今年が皆様にとりまして素晴らしい年になりますように。

さて昨日晴天の日本から零下のドイツに帰ってきました。昨晩7時半に力尽きて就寝、今朝は3時からぶっちぎりで起きています。ちょうど華やいだ忘年会時期に日本をウロウロしたからか、晴天が続いて毎日窓から富士山を眺めていたからか、世界的に暗い世相とは裏腹になにか希望の種のようなものを拾った気がして不思議です。

昨年はたぶん、1年かけて4次元体験というものをしていたのだと思います。

この世は幻想。

ホメオパシーと心中に近い関わり方をしていたからかなとも思いますが、それにしても日常でも何度も思ったし、似た体験をした人に何度も会った。この世は幻想。この世は私の想いの投影。

今まで人に通じる言葉で話す訓練をしてきたけれど、本当に言いたいことはうまく言えないし、書く方が得意だけれど不特定多数に発信する内容ではない、と勝手に制限し、発信を控えていたら、なんてことはない、こういう内容っていま流行りだったのですね。全然世間にアップデートしていないと思いつつ意外と流行にのっていたという感動。

機内でたくさん映画をみて、そのなかでとても印象に残ったのがウディアレンの新作「Café Society」と昨夏爆発的に流行った「君の名は」でした。(いくつもみたけど、そんなことしないでこの2つを何度も見ればよかった・・。)そして普段はスルーする純文学コーナーでふと手にとってそのまま購入した佐藤愛子の晩鐘。

共通するのが、それぞれの作品に作者の強い想いが込められていると感じたこと。ウディアレン、新海誠、佐藤愛子。この人たちは、とても大事にしている想いを脚本、ファンタジー、あるいは文学として表現している。もしかして大事にしている想いって、ファンタジーにすると一番伝えやすいのかもしれない。なぜならこの世はそれぞれの想いの交差するファンタジーだから。

そしてその強い想い、というのが、とてもとても大事な人に会えない、伝えられない想い。すれ違う人間関係。この世は幻想。

Café Society

主演のジェシー・アイゼンバーグの猫背(首の位置)が気になって気になって、ロルフィング受けてほしいと気もそぞろでしたがそれはさておき。この人演技がうまい。演技というものをすごく研究している人なんだなと思った。最初に登場した時の、どうしようもない素人っぽいおぼこさと魅力のなさとは相反した、かなり賢そうな滑舌がちょっと面白かったのですが、内容が進むにつれてどんどん成功者に変貌していく様が本当に面白かった。最初と中盤では別人。他のキャストが今ひとつ本領発揮していない印象だったので目立ったのかもしれないけれど、ウディアレンが乗り移ったみたいでした。”dreams are dreams"の一言で語られた、叶わなかった想い。ラストの、遠くを見る目。あれはよかった。

すべての人間関係が嘘くさくてばかげていて、登場人物のだれ一人にも共感を感じない軽薄な世界。でもここが老成したウディアレン一流のペーソス、彼があえて意図したんじゃないかと思えるところでした。人生は喜劇。所詮人間は軽薄。シリアスさは必要ない。彼の愛する30年代で描かれる人々はテンポよく享楽を生きている。確かに私たちはめんどくさいところに来たな、とおもいます。(いかにも、というずっしりシリアス感の漂うドイツ映画は全然観る気が起きず、迷いなくスルー。)


君の名は

この世は幻想、関係というのは幻想。

主人公の二人は、お互いがお互いの一部なのに、パラレルワールドでしか会えず、現世では出会っていないし関係もしていない。それなのにお互いを渇望する。なにか昨年から今年にかけて相当関わってきたテーマだったので、個人的にかなり共鳴しました。

大事なシーンやキーワードが一瞬出てきた時に掴まないとアウト、何度も観ないと掴めないんだろうな、という印象。これ小説から起こしたものではなさそうなのですが相当脚本がしっかりしてるのでしょう。あるいはこの完全無欠に思えるものは、村上春樹のようにどこかチャネリングしながら作っているからかも。


この世は私の想いの投影。昨今の出会いからも、私は私が準備できた範囲で、私に拾えるものだけを拾って集めました。今ご縁をいただいている方々とは、今の私にできる最大限でお手伝いしたいと思っています。お会いした人にはたぶん明かしましたが、私のやっていることはたぶん言葉ではうまく表現できない。

この世は私の幻想。今までも、これからも。今までは、私は苦しむパターンを選んできた。それが自動操縦によるものだったのに、自分の選択だと思ってきた。これからは、無意識の選択をとことん意識化する。無意識の意識化の練習。見渡すと、アドラー心理学とか、非二次元とか、マインドフル瞑想とか、禅とか、たくさんやりかたが出ていますね。一通りリサーチしましたが、私はロルフィング、直傳靈氣、Somatic Experiencing,ホメオパシーで同じテーマをやっているなとわかりました。これってシンクロニシティなのでしょうか。同じことやってる。おそらくもうツールは揃っている。ここからは、それを掘り下げていく場にする。ここまで揃えたツールで、おなじくこれに取り組む方のお手伝いをできるなとわかっているから。これからの人生は、私が選んだものを体現する場。そして同じ決意をされた人と関係する場。

今年のご縁、ここから発展する関係性をとても楽しみにしています。
2016. 12. 02  
昨日ベルリンをベースに活躍するダンスオンアンサンブルWater between Three Handsを観にSchauspiel Frankfurtに行ってきました。このダンスオンアンサンブルは40歳以上の男性3人、女性3人からなるダンスカンパニーで、うち3人(クリス、アマンシオ、ヨネ)は元フォーサイスカンパニー出身です。この6人はそれぞれ華麗な経歴とカリスマ性を持ち、現在世界中からワークショップや教師の依頼で引っ張りだこなのですが、特記事項は何と言ってもこの人たちが現役ダンサーとして舞台に立つという実験的試み。

通常40代後半〜50歳を過ぎたダンサーが舞台で踊りっぱなし、ということはしません。どこまで身体的限界を超えられるか。お腹が出て頭の薄くなった同年代の我々が、失った、叶わなかった、あるいはかすりもしなかった人生の向こう側を見るちょっとほろ苦い体験。憧れと同情、親近感を共有する場。今回はEurope cultural daysの一環としてドイツ銀行やヨーロッパ中央銀行がスポンサーに入っていたので、ホテルビュッフェのようなサービスがついて豪華なイベントでした。

11月30日の7Dialoguesは各ダンサーのオムニバスで、すでに人気の定着したプログラム。あれは毎回同じことをしているように見せながらそこは彼ら、観客にはわからないマニアックな試みを何かしらしている。ディレクターのクリスの金髪のカツラに赤いルージュ、ハート模様のパンツで踊るソロは前回ベルリンではセリフと振りをわざとシンクロさせずずらす、という、脳に対する挑戦みたいなことをやっていました。前回ベルリンで2回見たので、今回は見送り。

さてWater..の内容ですが、これは凄かった!!!やっぱり彼らは格が違う。とにかく面白い。そして今更ですが、やっぱりうまい。練習中のダンサーと違う完成された個性があって、それを出す自信があって。落語の達人の噺を聞いてる感じ。とくにクリスはとにかく華があって、他のダンサーも見なきゃと思いながら目はつい彼を追う。一歩足を出すだけで、止まるだけで、こんなに人を感動させる人っているだろうか・・何をやってもとにかく美しい。彼は選ばれた人、舞台で死ぬ人だろうな、とぼんやり思う。

筋は私が云々いう必要ないくらいわかりやすく(そしてありえない)設定でしたが、なんかこのばかばかしさって人生。ゲラゲラ笑った後にホロっとなるのも彼らのお得意。振り付けをやったRabinは本業が振付家というよりアーティストなので、そこはダンサーたちの個性が存分に出たのだと思います。もう思いっきり自分たちのやりたいことをやっているという感じで、練習の時の素顔や本人の持ち味がそのまま舞台に出てる感じでした。でもそのオフ感満載の舞台そのものがやっぱりベテランにしかできない観客の惹きつけ方をしている。何もかもうまい。

男性陣は全員ハゲ(のモデラートな言い方が思いつかない)ですが、首から下は20台のダンサーと全く同じに見える。そして動きの自由さや優雅さも全く年を感じさせない。やっぱりプロってすごい。この年齢で現役でこれだけのことができる・・こんな生き方してみたい。彼らに夢のありかたを見せてもらったようでした。
2016. 11. 26  
これを素通りするわけにはいかない。フォーサイスのあとを引き継いだDresden Frankfurt Dance Company.引き継いで一年が経ち、フランクフルト市民の圧倒的支持を得て、今やフランクフルトでのチケットは完全ソールドアウトが続いています。先日新作品のプレミエがあってその前日のジェネラルリハーサルに行ってきたのですが、すごく豪華で圧巻でした。規模でいえば、コクーンダンスの3倍。

圧巻なのは踊れるダンサーがずらっと揃っているところ。すごいダンサーがずらっといる、というそれだけでお金を払って拝む価値がある。年寄りが多くあまり踊ってくれなかったフォーサイスカンパニーに不満を持っていた市民の声を代弁するかのように、何もかもフォーサイスと真逆を行くヤーコポの作品は、とにかく踊る、踊る、踊る。ずっと踊る。

私がものすごく好きだったのは衣装でした。どうやら衣装もすべてヤーコポがデザインするようで、ものすごく素敵。メッシュの薄い生地で身体の線がよく見れて、でも動きを妨げない。伸縮性のあるメッシュの生地って作るのがすごく難しい衣装なのだそうですが、これがダンスを際立たせる。どんなに作るのが難しかろうが耐久性がなかろうがこれは絶対支持します。

そして特徴としては彼の作品は動きに男女差があまりない。つまり男性も女性も基本的に振りがあまり違わない。どこかヤーコポの刻印を押した彫像が、ヤーコポの息に合わせて動いている感じ。あの指の動きとかポーズは、本当はやってみたい男性たくさんいるだろうなと感じていて、その夢を実現させる場なのかもしれない。

最初の頃と大きく変わったのは音楽。弦楽四重奏の生演奏。あの音楽は踊るの難しいだろうな、と思いますが、そこは彼らプロなのでしっかり踊る。

個人的には中盤のデュエットが一番好きでした。とことん肉体美とテクニックを鑑賞させていただける場。あのパートを男性どうしで踊って欲しいかも・・と思いました。
プロフィール

rolfertakami

Author:rolfertakami
鎌田孝美(Takami Kamata)

http://www.takamirolfing.com

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ヨーロッパロルフィング協会に所属する、
ヨーロッパで第2号の日本人ロルファーです。
英国スクールオブホメオパシー
アドバンスプラクティショナーコースに在籍し
現在臨床を行っています。

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内側に深くしまいこんだこだわりを、抱きとめ、見つめ、解放し、
かわりに内側で眠る可能性に光を与える。
身体が目覚め、失ったものを取り戻していく過程を
みなさまと楽しんでいきたいです。

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・ヨーロッパロルフィング協会認定
公式アドバンスロルファー
・同ロルフムーブメントプラクティショナー
・直傳靈氣師範
・全米ヨガアライアンス認定
ヨガインストラクター
・陰ヨガインストラクター
・ソースポイントセラピー認定施術者

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<セッションのお申し込み&お問い合わせ>

rolfertakami@gmail.com
+49(0)6171 279 0088

・・・・・・・・・
2017年冬 東京セッション
12月27日(水)〜1月3日(水)


2017年 直傳靈氣講習会(フランクフルト):

前期10月20日(金)14:30〜18:30
  10月21日(土)9:30〜12:30
       14:00〜17:00 
後期10月20日(日)9:30〜16:00
        
      
直傳靈氣交流会(フランクフルト)
10月23日(月)16:00〜18:00

ホメオパシーについて語る会
10月18日(水)14:00-17:00
内容
ホメオパシーとの付き合い方:
ーファーストエイド
ーミニコンサルテーション
Abby Takarabe, Peggy Bideホメオパスを
聖地スワジランド、オーストラリアから
講師にお招きします。

参加費用:
50ユーロ

直傳靈氣交流会(東京)


参加お申し込みを受け付けております。
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Profile:

Takami Kamata

Certified Advanced Rolfer®
Certified Rolf Movement®Practitioner
Jikiden Reiki® Shihan
Registered Yoga Teacher
SourcePoint Therapy® Practitioner

Contact me at:

rolfertakami@gmail.com


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