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2013. 11. 29  
家のメンテのために空けていた午前中。絶対指定した時間に来ないだろうと思っていたら、なんと時間内早々に来た!!このご褒美の空き時間で、ちょっと時間のかかるメールの返信をして、ここでもシェア。

直傳靈氣は、世界中で認知されている西洋靈氣との対比から、世界大戦直前に降ろされた日本の伝統靈氣として、直傳靈氣研究会のカリキュラムにのっとり、きちんと教科書に沿って、受け継がれた儀式によって靈授をおこない、施術者を育てあげるものですが、私は個人的に今、この直傳靈氣を通し、色々なものを受け取っています。古代から連綿と受け継がれる秘教は、現代ではほとんどがパッチワークです。本来は、準備が出来た人にしか開示されない性質のものです。

直傳靈氣を通してお渡ししているのは、自己治癒力の仕組みを理解し、それを自分のものにしていただくことです。病気とは、治癒の仕組みとは、自己治癒力を上げるって具体的に何がどうなるのか、こういうことを解りやすく説明し、施術者としての心得をお渡ししています。でも大抵参加者の関心により話は逸れて、波動治療、周波数、サトルボディとは、みたいなマニアックなものから、人間関係で嫌な気をうけないようにするためにはどうすればいいか?という切羽詰まった質問(笑)に至るまで、日頃のみなさまの関心にお答えしています。みなさんに強くなってほしい、自信を持ってほしい、という願いを込めてやっています。

ロルフィングというのは、10セッションという枠組みのなかで、1から7までは個々の楽器を磨いて個性をだし、8〜10でそれらによってシンフォニーを奏でる、というものです。(8−10の統合について、ジョバンニがシンフォニーといううまい表現をしている。)

これ、もちろん個人によって調整の多く必要な楽器は違うので、どのセッションでブレークスルーが起こるかは、受けてみてのお楽しみです。長年の痛みに悩んでいらした方が、ある楽器の調整後に、ものすごく身体が楽になり軽くなり痛みもなくなり、特に早い段階でそれが起こると、なんだか急にその後に関心がなくなってしまってそこで終えられたりします。以前なら、もったいない!ロルフィングの醍醐味はシンフォニーの部分にこそあるのに、とムキになりましたが、これは価値観の押しつけかもしれない。これでいいのかもしれない。

痛みがあるところを、手っ取り早く、一回だけで、
応急処置でもいいからなんとかしてくれ。
これ、アリです。
最近これでもいいかな、と思っています。
ロルフィングのコンセプトとは離れますが、
ロルフィングタッチを体験していただく機会になるので。

人によってニーズが違うというのを、もっと尊重することにします。
でも出来るだけツールを多く持って、どうしていいかわからないという方には、こちらからお勧めできるようにしておきます。
もちろんロルフィングによるシンフォニーを体験していただくのが一押しですが!

一方でロルフィングを通し、とくに統合(8−10)に入り、人生を生き直す段階に至ったときに、トラウマと向き合う羽目に陥りはてしなく落ちる体験をされる方がいらっしゃいます。そういう時は、再トラウマ化にならないようにかなり集中ケアをし、必要なときにはセッションを追加してお手伝いしていますが、最終的には、片道を送り出すところまで見守るようにしています。

簡単にさらっと書きましたが相当な作業です。でも最後はとにかく自信をもって新たな一歩を踏み出すところを見届けたい。突き放すのでなく、依存させるのでなく、ただ見守るという立場から、直傳靈氣は、すごくいろいろ伝えられる。直傳靈氣をお渡しした後に定期的に交流会に参加していただくのは、ロルフィングのフォローアップのようなきちんとしたものとは違ってうんと気軽に来ていただけるし、プロセスを見守るいい機会だと思います。

この年末までに、ご縁のある方の生命力の底上げをしておけ、という「お告げ」に従い、直傳靈氣交流会をかなりの頻度で行っていますが、どうやら見えて来たのは、靈授をするたびに、そのときいらした方をめざして、毎回見事にカラーが違うエネルギーが降りて来るということです。決められた手順を守って、同じ儀式をしているのにもかかわらず。参加者の一人の方から、なんだかエネルギーが待ってるみたいですね、と言われましたが、なんだかやらされている感の強い私も、列をなすエネルギーに背後からせっつかれている感覚があります。エネルギーが導管となる私を読んでいるのか、必要な方が私を動かしてそのエネルギーにつなげているのかわかりませんが、わかるのはこれがロルフィングをしている時の状況と似ているということ。たぶんこれもまたロルフィングのように、毎回全く別のものをやっているようでいて、最後の12月3日には何らかの壮大な仕上げが行われる計らいになっているんじゃないか、ということ。ロルフィングと違って、参加者複数によるものは未知の体験ゾーン。今後も何が起こるか楽しみです。

靈授のたびに電球はおろか、固定電話、携帯、炊飯器、湯沸かし器など、ないと困る電化製品に限ってどんどんショートするのを、ジンクスづけまいと頑張って無視していたら、昨日は何も壊れなかった・・良かった。(このパソコンは非難させていたけれど。)
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2013. 11. 29  
1)考えてから走る、
2)走りながら考える、
3)走り終えて考える。

行動するときのパターン。あなたはどのタイプですか?私はまず1ではない。2だと思ってましたが最近(今更)3だとわかりました。行動を起こすにあたって、失敗がないように段取りをきちんとたてて、ありとあらゆる不確定要素にたいする準備をおこたらないのが日本人が一般的にいう「出来る人」で、企業の特にマネージャークラスには不可欠の要素です。社会的地位の高い方々を観察していると、行動の隅々に配慮があって、1)の洗練された姿を垣間みるのですが・・・私が今言っているのは、ごくオフの個人レベルの話。

大企業から早々にドロップアウトしたのでもう堂々と言ってしまいますが、私には1なんてとうてい無理でした。そもそも私たちの行動を駆り立てている9割以上は無意識レベルの衝動。「考え」られる範疇なんてものの数パーセントです。しかもその「考え」も、自分の過去の経験から創り上げたパタンがほとんど。そんなものに頼って何ができる?

私たちの社会を見ていると、生命力が最も高いはずの野生種を駆逐し、遺伝子組み換えで妙なものをいろいろこしらえたあげくアレルギーで苦しむ矛盾や、洗練された社会生活を送る為に大脳新皮質ばかりを妙に強調して、「低級」である私達の野生の部分である爬虫類脳や大脳辺縁系を押し込めるあまり、逆に自分を追い込んで生きにくくしているという矛盾が目につきます。

こういうことをさらに理屈で解決しようとして、さらにこじらせている。9割を占める「無意識」が、身体を通して発信していることに耳を傾ければ、解決の突破口になることはたくさんあるのに。苦しんでドクターに頼って自律神経失調症とか、アレルギーとか、鬱とかいう「病名」をつけてもらって、山ほど盛られる薬をまじめに摂取してよけい本来の自分と乖離して行く人を見ているのは本当に胸が痛む。特にそれが将来を担う若者だと。

星野道夫さんのエッセイに今深く引き込まれているのは、彼は野生動物を写すカメラマンでしたが、おなじ視線で限りなく野生の姿の人間を探っていた、その姿勢に惹かれるからです。彼の愛したアラスカという土地に住む原住民はいうまでもなく狩猟民族。人間があの土地で狩猟しながら生きるということは、一冬で一頭のカリブーやムースにありつけるかどうかという賭けを毎日生きているということで、今この一瞬に訪れる狩りのチャンスをものにしないと命がつなげない、ギリギリを毎日やっている、ということ。そこには文明社会の創り上げたモラルとかルールとかいうものはなくて、この地球にうまれた生命体の一部としての完璧なしくみがある。

アラスカ大学に首席で入学した、荒野で原住民生活をしてきた若者と面接官の対話:

「今まで何して来たの?」
「生活してきました。」

これ以上の回答はない、と思いました。
面接官がどうしようもないアホに思えて笑った。

一瞬一瞬いい加減に生きてるから、人生に意味を求める私たち。

星野さんが後に命を落とすきっかけになった熊についての記述はとくに印象的で、脳裏に焼き付いて離れないのが、熊との関係について書いた部分。星野さんは限りなく野生種を追いかけて、自分も限りなくこの野生に近づいて、ここに潜む人智を超えた叡智をくみとろうと人生をかけたひとでしたが、彼の目線て、やっぱり文明種のものです。野生になりきった人のものではない。

星野さんが友人と川岸で母ぐまと2棟の小ぐまを観察していたときのこと。ふと気づくとその熊たちはどんどん近づいて来る。星野さんは次第に落ち着かなくなっていく傍らで、友人は泰然としている。やがて熊たちはそのまま6、7メートル離れたところにどっかりと腰を下ろしてしまう。対岸から見たらまるで人間と熊が仲良く腰を下ろしているような不思議な構図:

人間にとって、野生動物とは、はるかな彼岸に生きるもの。その間には、果てしない闇が広がっている。その闇を超えて、人間と野生の熊がふれあう瞬間があるものだろうか。

この闇、という表現は、ものすごく実感として共感します。
私はこれ、人間に対してもかなり同様に感じているのですが。

ふと人間関係の超えられない深淵を歌った石上露子の歌を思い出しました。

身のはてを知らず思はず今日もまた人の心の薄氷(うすらひ)を踏む

私は、野生種になりきることは出来ません。真実のちりばめられている荒野で生き抜く事はできないし、大脳新皮質を持っている事を大事に思っているし。だから大脳新皮質をもった人間としての野生種へのまなざしを大事にしたい。

野生動物は、捕獲動物に襲われ、ぶすりの一発の直前に気を失って倒れ、その後興味を失った捕獲動物が去った後、麻酔から覚めてブルブルっと全身を震わせると、何事もなかったかのようにまた草をついばみ始めます。殺されかけた5分後に、この態度。死の恐怖によるトラウマに苦しんだり、臨死体験により覚醒したりしない。

彼らにはなれないけれど、彼らに学べる事は多い。
今後セッションとして提供して行くSomatic Experiencing®というのは、この仕組みを利用したセラピーツールです。極めてクリアで能率的。

私たちは、大脳新皮質を持っているから、他の野生種たちとちょっと違った体験をできます。だから、こういう視線を持てる。私は自分がこういう隙間を感じることのできる種であることをありがたく思っています。

大脳新皮質は文明社会の大きな担い手。でも、それに縛られすぎて他のものが見えなくなっているのが苦しむ私たち。もうすこし野生の部分に関心を持ってみませんか。

2013. 11. 24  
この2ヶ月ほど樹木系の精油にものすごくお世話になって、心なしか性格が落ち着いた気さえするこの頃。(はい、勝手な思い込みです。)今日と明日は完全にオフなので、やらなければならない事務仕事を丸ごと明日に回し、ずっとやりたかったこと:

ここ2ヶ月使ったオイル(杉、松、モミ、トウヒ・・)のおさらい!
この区別、つきますか?(私はつかなかった。)

この部屋の目の前にそびえ立っているこの木が杉じゃなくてもみの木だと、娘から教わりました。ドイツには杉はないそうなのです。この国にある針葉樹はモミで、クリスマスツリーももちろんこのモミの木。私の住むKirchgartenstraße(教会の庭通り)はとても小さな通りですが、通りの目印になる角の片方が教会、もう片方がそびえ立つモミの木です。

日本でスギ花粉症に悩まされて来た方が、ドイツに来たとたん花粉症がなくなった!というのはよくある話ですが、これ別に治った訳ではなくて、単に抗体に反応する杉がないから、というのはよく知られています。でもドイツにもちゃんと花粉症はあって、日本だとだいたい2月頃から始まって3月4月でひどくなる花粉症がドイツではすこし遅れてはじまって、ひどいと秋まで続きます。白樺やイネ科植物がアレルゲンのようです。ここに日本とドイツの花粉症についてとてもわかりやすく書いてあります。戦後、日本人になくてはならない麻の栽培を禁じ、伝統的食生活を欧米型に変え、集中的に杉を植えた結果の一端を垣間みる気がします。

ここのところ樹木系、特に針葉樹の精油に妙に執着し、いつの間にか樹木だけでこれだけの種類を集めていました。(集めすぎ)
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Fir=Tanne(独)=Abies(学名)モミ
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アドベントからクリスマスにかけて食卓に飾るモミの枝で作った飾り物がスーパーでも並ぶようになりました。これ部屋に置いておくと乾燥してホコリもかぶって独特の匂いになっていきますが、精油だと当然ですがすごくフレッシュな匂い。
私は3つの精油メーカーのものを使っています。

Idaho Balsam Fir(Abies balsamea) (YL)
ゲリー氏自ら毎冬収穫用の木を伐採しているそうで、高いが使った感じが一番強い。DNAを修復して身体のホメオスタシスを整えるそうで、抗癌、抗腫瘍、抗酸化、喉の感染症予防のため、とくに冬の間はずっと体調管理のために毎日ディフュージングすべきオイルのひとつ。あとこれは抗炎症として有名。痛み止めに欠かせないオイルで、関節炎や滑液嚢(のう)炎(膝に水がたまったり、40肩、50肩)を煩う方へのブレンドの中心的オイルです。
Balsamtanne=Abies balsamea (Oshadi)
オシャディだとファーだけでなんと15種類もある。使う部位と採取の場所で学名が変わるから。ストレートで癖がなく、使いやすい。
Abies sibirica (PRANAROM)
アナスタシアの影響でシベリアに反応して、つい購入。オシャディに較べるとちょっと焦げたような匂いが混じっている。これは葉(Aiguille)からとっているので、軽くて爽やか。

Spruce=Fichte(独)=トウヒここ
オシャディだとこのトウヒだけで9種類。色が黒、青、赤、白、とあり、採取場所によって成分が違うからです。真性スプルースと言われるのが黒。Fichte schwarz (echte Fichte) bio=Picea mariana(学名)

アラスカをこよなく愛した星野道夫さんのエッセイに常に出て来るトウヒ。人の手の全く入らない荒野の続くアラスカで最も存在感のある生命が、このトウヒ。

アメリカ先住民は、このトウヒを通じて魂、この世の「神」につながる、と信じ、この枝をいぶして匂いを嗅いだそうです。(同じ事をプレーリーに住む人たちはセージ、古代の人はフランキンセンスの樹脂を焚いて行っていました。)

アイダホブルースプルース(Picea Pungens)は、ヨーロッパで発売になったとたん、あっという間に品切れで入荷待ちが続いています。
だってなんといっても周波数が、ぶっちぎりだったローズ(320mhz)をさらにぶっちぎって428mhz.生命力のボトムアップ、蘇生効果、がん予防では超高価なローズを抜く、とあって、匂いだけじゃなくて費用対効果の計算もあり、私もミーハーなので発売と同時に買いだめしてしまいました。

他にも:
筋肉痛
神経痛
男性のテストストロン値をあげる(これはカプセルで摂取します)
脊髄の修復(脊髄を通る迷走神経が修復され、自閉症の改善につながる)
減量(冬眠時に上がる褐色脂肪組織を下げるので、痩せやすくなる)
・・などの証言が続いています。

これはファー(モミ)よりちょっと甘い匂いです。
私はもっぱら塗っていますが、飲んでも美味しそうな匂い。これは本当にヘビーユーズになるオイル。伐採しすぎて生態系を壊さないようにしないと、と心配してしまうほど、使えるオイル。

Sacred Mountainにブレンドされてます。ディフュージングするとあっという間になくなってしまうので、ディフュージング用にはオシャディの大瓶。

Pine=Kiefer(独)=Pinus sylvestris(学名)
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いろいろ種類がありますが、学名Pinus sylvestris以外は肌への刺激が強すぎて、アロマテラピーに使うには無理があります。血行を良くし、身体を温めるので、足湯や半身浴に最適。冬にかかせないオイルのひとつ。

Cedar wood=Zedernholz(独)=Cedrus atlantica=ここ

ドイツで買おうとすると、この杉をCederといったりZederといったりJuniperといったり、本当にややこしい。例えばオシャディのサイトだと、同じZederで
Zedernholz (Atlaszeder)=Cedrus atlanticaアトラスシーダー
Zedernnadeln:Nadeln(独)=Aiguille(仏)=Cedrus atlantica
Zeder (Himalayazeder) =Cedrus deodara
Zeder (Texaszeder) =Juniperus mexicana
Zeder (Virginlazeder)=Juniperus virginia レッドシーダー
とありますが、レッドシーダーとアトラスシーダーは学名で解るように全く別の物です。
聖書に出て来るのはCedrus libani=レバノンシーダーで、アトラスシーダーはこれの近縁種なので、YLではこれを聖書の12のオイルの一つに加えています。

杉は寺院や船舶、宮殿の建造に永らく使われてきました。サンダルウッドのような防腐効果があるので、高価なサンダルウッドの代わりによく使われます。

腎気と脾気を補うので、不安や倦怠感、神経衰弱を取り除き、集中力と忍耐力、精気を強めます。閉塞状態から脱却し、自信を取り戻し、大地からのしっかりしたサポートを感じるよう促します。これもまた冬の間、大活躍のオイル。脂肪の蓄積を防ぎ、むくみ解消、抗感染作用があるので膀胱炎、尿道炎に。

ほかの針葉樹のオイルに較べてぐっと重たく甘い香り。スプルースがすごく上向きのベクトルも合わせ持ったオイルなのにくらべて、これは下へ下へと促す、強力な着地のためのオイルです。モミ、杉、松、ヒノキを全部混ぜてディフージングすると、まさにディープな森林浴。冬でも葉を落とさない針葉樹からいただける生命力は素晴らしくて、気持ちの滅入りがちな冬にはとくに欠かせない。

Juniper=Wacholder(独)=Juniperus communis(学名)ジュニパー (ビャクシン=ヒノキ科)ここ

写真にある特徴的な球果から抽出します。これは人類が太古から聖なる儀式に、治療にと、広く使って来た植物です。力の象徴であるヘラクレス、自信を司る火星になぞられるジュニパーは、パインのような突き刺す、ピリっとした匂いが特徴。(専門家だとバルサム調という。)ジュニパーは中世では万能薬としてよく知られ、ドイツ薬草学の祖である聖ヒルデガルド・フォン・ビンゲンは気管支炎の治療にこの球果をつぶしてお風呂に入れることを薦めていました。Juniperの語源はラテン語のjuniores(若い果実)から来ていて、ケルト語のgenprus(熱くて苦い小さな木)、フランス語のgenievreと転じました。有名なカクテル、ジントニックのジンもここから来ています。私はお酒が飲めませんが、隣でこのジントニックを飲んでくれる人がいると嬉しくてその匂いをクンクンしていました。今やジンが飲めなくてもジュニパーを嗅げばいいとわかった!

強力な強壮剤。身体を温めるので、やっぱり冬のこの時期に欠かせない。腎氣を養うので、うっ血除去、浄血作用、利尿作用、リンパ鬱滞除去作用があり、不安や憂鬱に打ち勝つ強さを与えてくれます。腎臓の精油治療には欠かせないオイル。

Hinoki =Chamecyparla obutusa=ヒノキ 
いわずもがなのヒノキ。アロマテラピーのロングセラーの著者Valerie Ann Worwoodが靈氣する時にはヒノキとゆずを焚くといい、と書いていましたが、靈氣=日本=ヒノキとユズ、というのはあまりにもお手軽な発想。温泉じゃないんだから。。。

Cypress=Zypresse(独)サイプレス
聖書の12のオイルの一つ,死と再生のオイル。レインドロップテクニックでも使います。肉体と精神双方に深く働きかける、私の一本。古代エジプトでは棺に入れ、墓地に植え、古代ギリシャ人はこれを黄泉の国の王ハデス(プルトーン)に献上し、キプロス島はこの木を崇拝し国名にまでしました。キリストの十字架がこれで作られたという伝説もあります。血を動かすので高血圧、痔、静脈瘤、月経症候群によく、抗菌、抗感染、鎮痙、デオドラント、穏やかな利尿作用、神経強壮作用があり、リンパ液の対流を促すので、喘息、百日咳、リュウマチにも有効で、ものすごく用途がありますが、まずいまの自分を受け止め、流す、という生き方の基本を教えてくれる、ありがたいオイルです。

実はホメオパシーレメディのThujaはこの一種です。
生命の樹Thuja=Thuja plicata, Thuja orientalis, Thuja occidentalisは本当に面白い、深く作用するレメディで、私たちが祖先から受け継ぐ根本体質の一つ、淋病の治療に使います。もっともっとといろいろ欲しがり、果てしなく続く貪欲さが淋病マヤズム。アメリカに引っ張られる資本主義がまさにこれ。私たちに足るを知れ、と教えてくれます。

このThujaはマザーチンクチャーだとイボをとるのに有名。淋病に特徴的なイボですが、これに直接ぬると、なかなかとれないイボがポロっととれます。年季の入ったイボはわかりませんが、比較的最近出現したものだと、短期間で跡形もなくポロっととれるのでびっくりします。(実証済み)

体質としては、どこか脂ぎった顔で太っているか、逆にすごく顔色が悪く腺病質かで、人に言えない秘密と罪の意識を抱えているのが特徴。はっきりとした2面性があります。自分を偽り隠す事を人生においてずっとしてきているので、ストレートに本心が語られることはまずない。施術者もよく欺かれます。

予防接種の害を取り除くのにも有名なレメディ。これ私たち誰もがもれなくとるべき、と思うレメディのひとつ。

Copaiba=コパイバ←すごくそそられることが書いてある。匂いとしてはそれほどの特徴がないですが、万能オイルのひとつ。この時期セッションではよく使います。

Aloes=Sandalwood=Sandalholz(独)=白檀
これはもう抱きしめて寝てたくらいお世話になりました。こんなに高い5mlのボトルをこんなにふんだんに自分のためだけに使うって、じぶんにとってのものすごいご褒美でした。

ふんだんに使っているうちに少し正気に戻って、あまりにも高い、と反省し値段が5分の1のプラナロムで代用しようと試しに買ってみたら、えっと思うくらい香りが薄い。弱い。う〜〜〜んこれでは・・。たぶんYLのは開けて1年近くたってたからよけいこうなったとは思いますが。やっぱり今は私は蘇生が必要だ、と思いなおし、贅沢を続けました。過去との決別に、これを超える支えはなかった、と実感から断言します。

甘い、深い匂い。もう自分のために調合するのは何もかもサンダルウッドがベースでした。それにベチバー、ネロリ、ローズウッド、パチュリ、ゼラニウム、パルマローザ、サイプレスなどを混ぜて、少しずつニュアンスを変える。

上級アロマセラピストであるロシア人の友達が自分へのご褒美、と言ってロンドンで買っていたアロマテラピーアソシエイツのバスオイル→Relax Deep
バスオイルにしてはめちゃくちゃ贅沢なお値段。今サンダルウッドにことに敏感になっている私はこの匂いに瞬時に強く惹かれて、よし自分で再現しようと燃えて、結局素直に一本買うよりはるかに高くついてしまった。ベースのココナツ油に、ベチバー、カモミールローマンとカモミールワイルド、サンダルウッド、安息香、ゼラニウム、レモンなどのブレンド。

ちなみにカモミールは気の流れを促し、鎮静させるオイルですが、ローマンカモミールとジャーマンカモミールは、まるで違う匂いと色です。ローマンカモミールは透明で、大地の林檎を意味するギリシア語のkamai melonに由来するとおり、林檎のような芳香がします。YLのは透き通るような繊細な香りで、Oshadiのはすこしつんとしてもっと林檎っぽい。ジャーマンカモミールはねっとりとした青で匂いがうんと強く、薬臭い。ちなみにカモミールワイルド(Chamomilla recuita, matricaria chamomilla)もあって、こちらはマトリカリアがラテン語のmatrix(子宮)に由来するとおり、昔から婦人系の不調に使われてきました。ワイルドの匂いはすごく華やいだ芳香です。匂いとしては3種の中では一番これが好き。いかにも婦人系によく効きそうな緩む匂い。

カモミールはホメオパシーでも痛くて痛くて我慢できず、イライラしていて手が付けられない、という症状に処方します。人が傷つくことをつい口走ってしまうのも特徴。こういう人の神経を鎮め、痛みを和らげます。この作用はローマンカモミールの方が強くて、ジャーマンカモミールは皮膚病治療にぐんと強い。ラベンダー、ゼラニウムと合わせて、強力な皮膚病対策になります。

カモミールといえば日常で気軽に広く飲まれているハーブティですが、精油になるとボトルも小さいし妙に高い。なんでカモミールがこんなにもったいぶるんだ、といぶかしがってましたが、色々わかると納得です。周波数(生命力)でいうと、乾燥したハーブと精油は全く違うものになってしまう。

ジャーマンカモミールはジャーマンと名乗りながらドイツで売っていなくて、アメリカからの取り寄せという奇妙なことになっています。(ヒノキが日本で未発売なのと似てる。)なんだか悔しくてオシャディで試したところ、素晴らしい品質のものが手に入りました。(→Kamille blau)値段はオシャディの方が高い。

このブレンドのベースになっているココナツ油についての本がいまアマゾンのKindleで無料ダウンロードできるので、つい手がのびてしまい、もうココナツ油も買う気になっている。もう私にこれ以上買わせないで。淋病マヤズム、結核マヤズムの因果のせいにしてごまかします。

というわけで、近年にない落ち込みを経て生命力アップをこれでもかと続けた結果、寒がりで冬が嫌いな私でも今極北にでも行けそうなくらい蘇生しました。精油はここぞというときにはかなり集中して使うと、効果を実感します。

参考文献:
スピリットとアロマテラピー ガブリエルーモージェイ著 フレグランスジャーナル社
アロマテラピーのための84の精油 ワンダーセラー著 フレグランスジャーナル社
Essential Oils Integrative Medical Guide, D. Gary Young, ND, Essential Science Publishing 2003.
The Fragrant Pharmacy, Valerie Ann Worwood, Bantan Books 1991.
2013. 11. 20  
最近起こる事は、あまりにもオフレコの話ばかりなのでブログに書けません。

今年は、まず自分の意思を超えたところでいろんなことが決められているとしか思えない事ばかり起きるので、最初はイベント感満載のこの成り行きにいちいち反応していましたが、ここまで続くともうなんだかそれがずっと前からそうだったみたいに思えてきて慣れてしまった。不思議なくらいありとあらゆることがギリギリのタイミングで、しかもこれしかあり得ない、というものを持って現れる。

SEトレーニングを終えて迎えた11月が、ウィッカとともに私にとっても新年だったのかもしれません(→ウィッカのソーウィン)。なんだか明らかにあのソーウィンを境に、今はこちら側。同じ景色が、違う色彩を持って見えます。

人と同じ景色を見ながら明らかに違うものを見ている人がいます。ロシア人の友達(実は日本語を盾に言いたい放題だったブログ、ドイツ語や英語はおろか中国語やロシア語の翻訳にかけられていたと知り愕然として、今めちゃめちゃ関係者の特定に慎重です)に紹介してもらったYusuke Sakaiさん。え、これ日本!?このひと日本人!?この人本当に普通に日本に含まれて生活できてるんだろうか、としばらく信じられませんでした。まったく別の時空を映してる。彼女曰く、このYusukeさんの作品で私を連想する(!=すみません)そうなのですが。そしてその彼女こそ、信じられないくらい繊細な世界に住んでいて、それを写真に写す人なのですが。

Aさんから貸してもらった写真家の星野道夫さん。彼は自然の中にある真実をとことん追求している。彼のエッセイには何の脚色もなくて、純粋な観察者でいられる、それに徹せられる人だけが言える事が書いてある。そのあまりの鋭さと強さに、もう、言葉を失う。ゲーテが色彩論の中で観察の大事さを色々いいながらも、私はそれを唱えるゲーテ自身がまだ頭を使って理屈の世界にいるのが鼻について仕方なかったのですが、この星野道夫さんにゲーテを超えたものを見ました。彼は観察者そのものを体現している。ゲーテのいう観察者、西洋人のいうZENの境地などは、まだがんばってあがいてる状態。

未来を担う波動治療。今まで説明できなかったことが見事に解き明かされる、次世代の学問である量子物理学は、ここドイツが世界の先端です。波動治療は、今まで測定できなかっただけで怪しいと汚名を着せられてきたけれど、絶対あるよね、という、私がマニュアルで探って来た世界を、見事にアカデミックに、周波数という紛う方ない数値で説明してくれます。エネルギーの世界に深入りして、感覚器官→結合組織→臓器のアライメント→臓器治療→精油の大事さに気づいた私が、これらの橋渡しのために必要だと思っている言語が、ここにたくさんある。

私はロルフィングを看板に掲げつつ、3次元のことをやろうと企んでるのかな、と感じています。三位一体、という言葉がいまさら意味をなして来た。三位一体とは魂、心、肉体を指します。これらを繋ぐブリッジにあたる隙間の世界に深入りして、これらがやっとつながって来た。

ロルフィングは皮膚感覚を通して、結合組織である筋膜(これが筋肉だけでなくて臓器も骨もなにもかもくるんでる)に働きかけます。これは、いままで見過ごされて来た「隙間」の世界。筋膜というのは、私たちの身体のすみずみにまで縦横無尽に張り巡らされている実体をもった組織であるものにも関わらず、解剖学書では、邪魔な物として臓器を学ぶにも、筋肉を学ぶにも、骨格を学ぶにも、かつては全部取り除かれて来た。実体をもたない割には市民権をしっかり握っている経絡と較べても、意外なほど無視されてきました。この筋膜は、永らく盲点でした。でもこの筋膜が痛みを引き起こし、病変組織を引き起こす、しかもかなりの割合で、というのがここ最近医療業界で解って来た。ペインクリニックとの連携でセッションしていて解りますが、ペインクリニックでやっていることは、私がロルフィングセッションを通して伝えようとしている気づきの部分そのものです。3週間の入院中クライアントさんが受ける事は、まさに三位一体をめざす身体の再教育。(あの入院費と較べれば、ロルフィング安い〜!)


私にとって魂の救済は最も大事だった。今ではいわゆる「宗教」が扱っている世界。あらゆる宗教は、それなりの真実を含有していると思いますが、私は宗教には(法華経以外)あまり惹かれなくて、日常にある本当にむき出しの生の部分で、星野さんのようにとことん自然のなかで、魂の探求をしていきたい。最近出会う人には、同じ嗅覚とまなざしを感じます。

結合組織を通して見える、臓器の宇宙。お腹に、慢性の痛みを解くキーがある気がする、とイギリス人の鍼治療師につぶやいたところ、腹診というのを教えてもらいました。その図を見て、いくつかの疑問が一気に溶けた。これは包括的な本を一つ欲しいと思ってたら勧められたのが英語の本でした。東洋医学を英語で・・。でも実は東洋医学は、英語やドイツ語の方が理路整然としていて解りやすい。東洋医学の古典はわざと一般人が理解できないように解りにくく書いているところがあって、要するに本を読んで解る程度のものじゃない、そんなことしてくれるな、と著者は言ってるということが解るに過ぎない。この世界に首を突っ込んだらまた抜けなくなるので英語でお茶を濁すか。ロルフィングも、アメリカで生まれたにしては思想がかなり東洋的で、とくに特徴的なタッチについては、まさに職人の技の伝授の世界で、だから説明が難しい。でも東洋医学もロルフィングも、結局扱っているのは人間の身体に、目に見え、手で触れるように浮かび上がって来たものを扱っている。

西洋人には理解しにくい、心。日本人ならすぐピンと来るけど、ドイツ語でも英語でもうまく訳せない、この心。これはまさにマインドとハートの隙間の世界なのです。心と言えば一気に感情やら精神やら思想やらを表現できるわたし達ですが、西洋人はこれがまったくピンと来ない。西洋人に対しては、マインドとかハートとかエモーションとか、いろいろ説明しなきゃいけなくて、どれもなんだか表面的なのでだんだん自分の説明したい事もどうでもいいことのように思えて来てしまう。たぶんシンプルに感情、にしておけばいいんだと思います。SEで扱う世界。

実はいまやれと言われているのは直傳靈氣です。これはまさに三位一体の世界の話。ある方に言わせると「靈氣分子」がいま結合しはじめました。何故いまここに来て靈氣がこんなに重要だと思うのか、どうして今この年末になって急に靈授を一人でも多くの人にしないといけない、と思うのか、わかりません。ただ差し迫って、これが必要だということだけが解っています。後になって理由が明らかになるはずです。

靈氣は要するに修身です。これを通して、私がいまご縁を持って渡せる方に、今私が感じる大事なこと、私の今知らされ、伝えよと言われている見えない世界のしくみをお渡しします。これを通して垣間みる世界の中にある真実を嗅ぎ分けてくださる方が、一人でも増えますように。
2013. 11. 03  
分かっている方がご覧になったら、黙っときゃいいのに、と絶対おっしゃるであろう事をこうやってオープンに書き続けている理由は、たぶん後から明らかになるはずです。薄々分かっているけれど、あえて今はそこには触れない。

ロルフィングを、SEを、神秘に持って行きたくない。私がこの身を通して体験して来た事、私のセッションで起こる数々、これを、神秘のベールに包み込みたくないからです。ご自身がスピリチュアルヒーラーでカウンセラーでコーチングするクライアントさんに、あなたは自分を安売りしすぎている、セッションフィーをうんとあげた方がいい、と言われた事があります。下手な事してるな、とは自覚しています。確かにそうしたほうがいいのかもしれない。そうして、そういう系統に収まって、そこでの恩恵をありがたくいただいていればいいのかもしれない。

でも、それには今以上の違和感があるのです。その看板には本能が抵抗する。神秘体験を印籠にしちゃいけない。勘違いしている人が多すぎる。私たちが日常でたたんでいるセンサーを、ちょっと働かせれば見えてくることです。ここと、そこには、境はない。特別な事じゃない。

私たちはすごく封じられている。びっくりするくらい、見失っています。こういう話になるととたんに、日本語のほうが断然通じない。なぜあえて通じない日本語で書き続けるのかも、薄々感じてはいますが今は触れません。

自分自身をみつめると、私そのものがすでに神秘なのです。劇化しなくたって、すでにものすごく。私たちはなんだか自分のセンサーでは感知できない部分を読み取る人を過剰に祭り上げていますが、そんなことは単なる個性の違いです。そんなところを追いかけても、何にもならない。たたんだ自分のセンサーの扱い方を探求したほうがいい。

自分のものになりきっていないもので演じるのはすごく辛い。だから夢からさめてまたすぐに迷う。シンデレラ願望というのは、たった数時間の夢にすがってあとの何万時間をもこの日常から目を背けてフワフワ生きる事です。思い当たりませんか?私はこういう人はすぐわかる。自分もこれだったし。

今また、以前日本人は肉体派、と言われた事を思い出しています。なるほど、と実感しています。これは私の尊い資質だった。

肉体礼賛、というのを、もうごちそうさまとゲップが出るくらい散々見せつけられ、体感し実感し、やっとここからスタートです。よくもここまで飲み込みが悪くジタバタと往生際の悪い私をめげずに導いてくださった、と「神」に感謝です。精神の領域を、この自分の身体と日常から切り離して長く彷徨ったからこそ、言える。やっとここから。

ところで今日これから間もなく蠍座の新月に入ります。アフリカを中心に金環日食と皆既日食が両方現れるハイブリッド日食も起こり、そこには木星もいる。トラウマ開放、過去世のカルマからの脱却を願うにはこれ以上ない配置です。本当にうまく出来てる。私はこれから新月へのデクラレーションで、この一連の出来事に区切りをつけます。

新月の願い事についてはこちらのサイトに詳しく書いてありますので、楽しんでみてくださいね。
2013. 11. 02  
トレーニングに参加したあとはいつも充実感とともに心地よい疲れが押し寄せて、それがまたいいのですが、今回の疲れ方はいつもと違う。トレーニングは水曜日の夕方に終わったので普段ならもう色々な事を通常ペースでやっているはずですが、いまだ満身創痍の感覚が抜けきらなくて、例えるなら「復活の日」の予告編でボロボロの草刈正雄が浜辺を杖にすがりながらヨロヨロあるく、あれ。(古)

誤解を招くといけないので言っておきます。これはあくまでも私の個人体験です。SEトレーニングそのものがブートキャンプな訳では決してありません。参加者一人一人の受け止め方には個人差があって、さらっと終えた人もたくさんいるはずです。今回ここまでいろんな事に過剰反応したのは、確かにSEが引き金にはなりましたが、おそらくそれが今の私に必要だったからです。人は自分のフィルターを通してしか経験できないものゆえ、あくまでも個人の一例としてご容赦ください。


これをやると気分が悪くなるので普段はあまり深く探らないのですが、たぶんいまがそのときなので、この感覚とともにいます。

沸き上がるフラクタル

私は集合体
私は多次元にまたがっている
私は偽ってきた

私は分け御霊だ

シャットダウンを繰り返してあちこちに置き忘れて来た自分のピースを集めながら、吐き気や嫌悪感、喪失感・・その後おしよせる望郷感に身を任せる。

瞑想などでマインドフルネスという状態にいくと、このパタンを繰り返します。最後にユニティとつながり、幸せな気分に包まれ、1クール終了。でも、これが血肉になって、私がそのものになったかというとそうではなくて、また日常で舞い上がり頭に血を昇らせ悲しんで、といつもの状態に戻って行く。禅僧やマスターたちの、あのしんとした佇まいを見るにつけ、自分のありかたにがっかりする。

これでいいのかな、とも思います。ひとっ飛びにああなりたい、と思う図々しい浅はかさや、こういう雑多なものにいちいち振り回される感性を持ち続けることも。人間完全悟ってしまったら、人の胸を打つような歌が歌えないし。私はいま人間やっていることが楽しいので、別の存在達に、いいだろ〜、とあっかんべーをしながら、この探求を続けようと思っています。

私は自分の身体の感覚に頼ることを柱にしてからはじめて、色々な事をクリアに見る事が出来るようになったと感じています。それまでこの妙な体質が本当にやっかいで生きにくかったので、囁く声を聞かないようにセンサーを封じて押し込めて、一生懸命一般知識を身につけ(たつもりで)、やっとバランスをとっていました(と思い込んでいた。)理屈で理解しなきゃいけないと訓練するあまり、頭がヒートアップしているのにも気づかないようになってしまっていました。

私の魂は、この身体を通して語りかけてくれている。身体の声に耳を向れば、もう焦って他をうろうろ探しまわらなくていい。この身体が教えてくれる。いまやっとここに戻れて、心底ありがたい。

敏感なのはいい。でも過敏なのはまずい。現在生きにくい人はみんな、センサーが過敏になっています。センサーが発達しているのはむしろギフトなんだとわかると、一挙に楽になる。センサーの「正しい」使い方にはちょっとしたコツがある。

ちょっとした気づきなのです。
(この部分は、セッションでお渡ししてます。)

気づきは一挙にはやってこない。
振り返ると、すこしづつ、すこしづつ、芽が出ていたのがわかる。
焦ってもなにしても、結局準備が整ったときにしかそれは起こらない。

神の計らい。神の采配。
この宇宙のシステムの粋には本当にうならされます。

私はフラクタル。私は集合体。私は分け御霊。
これがさらっと言えるようになって、さらに楽になった。
妙にしょっちゅう体験する共時性(シンクロニシティ)も、
これで矛盾なく説明できるし。

今回滞在したホテルの部屋。
IMG_7545.jpg
まず目に飛び込んできたのがミケランジェロの「アダムの創造」
の有名な一部分でした。

説明するまでもなくバチカンのシスティーナ礼拝堂の天井画です。
s20110731160347.jpg
父なる神が、アダムに命を吹き込む瞬間。

これで来たか。

バチカンは寒気のする場所で、あの絢爛豪華なサンピエトロ寺院とシスティーナ礼拝堂に行った時は、その威圧感に息が止まりそうでした。どうかしてる。あの場所と私、どっちがどうかしているのか分からなかったけれど、見上げていたからか頭がくらくらして酔ったようになり、時空がわからなくなり、ひっくり返らない様に正気を保つのがやっとでした。ものすごい芸術と建築の美が凝縮されたあの独立国家には3度行ったけれど、行けば行くほどその威圧感に圧倒され違和感は募り、3度目にしてやっと降参、もうここは私の来る場所じゃない、とはっきりわかりました。

システィーナ礼拝堂の威圧感はとくに凄くて、とくに最後の審判には縮みあがる。
image411vtt.jpg

空を埋め尽くすような肉塊。ルーベンスとは違ったはっきりとした質感があるのは、ミケランジェロが彫刻家だったからでしょう。彼は敬虔な信徒だったと言われていますが、カラバッジョと共にゲイだったらしいミケランジェロの絵から強烈に感じるものはむしろ「肉体礼賛」。この礼拝堂に満ち満ちているのは、キリストに対する信仰心というより、この地球で肉体を持った私たちのものすごくグロテスクな生の欲望。

教会に行くとたいていもの凄く気分が悪くなってすぐに逃げ出したくなるのですが、教会芸術そのものが嫌いな訳じゃない。ただそこに信仰心を結びつける事ができないのです。傑作と言われている芸術はたいていものすごいエネルギーを持っていて、ものすごく生なものを表現していて、それはたいてい依頼主の要望とはかけはなれている。

アダムの創造の、このあまりにも有名なこの部分も、嫌いじゃないのです。誰が見ても、この指と指の間に強烈なエネルギーの流れを感じるはず。確かに命が吹き込まれている。

トレーニング中ずっとこのモチーフといて、胸の悪くなるような邪悪さに次々襲われながらなんとか持ちこたえられたのは、眠りにつく度にこうやって命を吹き込んでもらっていたからかもしれない。

邪悪さは私の一部、これが私なんだ、それでいいんだ、
という、「神」からの愛。

私自身の浄化や参加者の浄化がマックスに近づいて来た晩、イギリスが嵐に襲われました。私はあまりの疲れにぐうぐう寝ていましたが、バケツをひっくり返したような雨が窓を叩き付け、あまりの轟音に眠れなかった参加者も。

翌朝ダイニングで朝食をとりながら、BBCがなぎ倒された木の下敷きになった車やバタバタ倒れた木で埋め尽くされや水びたしになった道路をレポートするのをぼーっと眺めつつも、まだ上の空でした。いつものように外に出ると妙に道が散らかっている。妙に視界が通って空が奇麗。あら、この街も浄化してもらったみたい、となんだか嬉しくなってそのまま35分の片道を歩いて会場に着いたら、みんなから大丈夫だった?と心配そうに聞かれ、初めてそれがかなりシリアスな嵐だったのを知りました。私の利用するはずの地下鉄も閉鎖になっていた。まさか私たちのトラウマボルテックスがあれを引き起こしたとは思えないけれど・・でもあれだけのエネルギーをあの場所から放ったら、ありだったかもしれない。
2013. 11. 01  
ソマティック・エクペリエンスとタイプすれば、日本ですでにご活躍中の方々が書いてくださった素晴らしいサイトにババっと繋がれる、ということが、これも今更わかりました。私が苦労していろいろ説明する必要などすでに全然なかった。毎度思いますが、日本人の書くホームページというのは本当に充実している。ここまで本質をきちんと理解し自分なりに消化した内容を、ここまで親切にわかりやすく書いてくれるサイトなんて、他の言語では(英語が母国語の人でも)めったにお目にかかれません。

たとえば
日本ソマティックエクペリエンス協会
日高潤子さん
若尾秀美さん

ピーターのSEワークのキーワードである:
・身体感覚を利用して爬虫類脳にアクセスする
(判断や分析をしない)

・トラウマとは、個々の出来事の問題でなく、
 それを受け止める神経系がどう反応するかという問題だ

・癒しのプロセスは劇的でなければないほど、
 またゆっくりであればあるほど、より効果的である
(less is more)

このあたりは、どうぞ上記施術者の方々の素晴らしいHPをご覧ください。
私が改めて説明する必要はないと思います。

less is moreのくだりはロルフィングも全く同様で(Peterはロルファー)臨床でどれだけ大事か実感していますが、あえていまはわかりやすくかいつまんで書きます。劇的に響いたらすみません。

やっぱりこのあたりは全部つながっているのですが、こういう方々はSEをファミリーコンステレーションやハコミメソッド、ヨガなどとリンクさせてらっしゃいますね。ヒプノセラピーやNLPをやる方が混じるとまた面白くなる。日本のSE施術者は質が高いはずです。いつかご縁をもてますように。

今回私は、今回のトレーニングを共有した人たちが、なによりの財産になったと感じています。自閉症の子供達や、養子縁組家庭の親子セラピーに当たっている人たち。あまりにも切迫したニーズがあるにも関わらず、使命感と情熱だけでは続けられない重い仕事なので、これに携わりながら、どうやって燃え尽きずに自分を保ち、幸せでいられるか。実はここが私の最も個人的な関心でもあるので、生きたお手本に何人も出会った事で、心から勇気づけられた。ホメオパシーの深さと魅力に引き込まれながら、この仕事の重さに燃え尽きてしまった人や、今現在をぎりぎりで生きている人たちと、思わずめちゃくちゃ真剣に語り合って、絆をもてたのはとても嬉しかった。

私が今回体験したことは私の人生で間違いなく大きなことだったので、自分のためにもしっかり書いておきます。昨日も今日も完全オフにしておいたのは、これを見込んでいたかもしれない。サンダルウッド(白檀)の匂いに囲まれ、ポイントゼロに向かいます。

・・・・・・・・・・・

ロンドンに着いた瞬間がすでにもうアクティベート(トラウマの渦がたちあがった状態)でした。ロンドンという街は、住む人には申し訳ないけれど本当に苦手です。あの地を踏んだ瞬間に横隔膜が縮み上がり、呼吸が浅くなる。いけてないドイツ人を見慣れてるから何かあったのと不信に思ってしまうのかもしれませんが、人々のおしゃれとカッコ良さに、隙がなさ過ぎる。高いヒールを履きながらも、ヨロヨロした日本人と違ってカツカツと上手に早足で歩き続け、背筋が伸びきっている。でもそれは、のびのび、とは対照的で、こちらまで縮み上がって後ずさりしたくなるような緊張感。まるで本人フリーズ状態のまま、操り人形のように動かされているみたい。ビジネス街を離れても、セレブな地域や高級住宅街は威圧的で、同じ国とは思えないイスラムやヒンズーの地域には静かな諦観が広がる。

人々が携帯の画面にかじりついているのは日本と同じです。視界がせまくて、知覚空間が狭い。通りをすれ違っても、言葉を交わしても、お互いあまり視線を交わさない。信号がないところでは、自分の身は自分で守らないと突っ込んで来る車にひき殺されそうになる。

地下鉄はきちんと機能しているけれど悪夢のような複雑さで、とくにnorthern lineは、乗り込んだら自分の行き先から逸れてないか常にドキドキチェックしていないとどこに連れて行かれるかわからない。これ私がガイジンだからじゃなくて、地元民もnorthern line nightmareと言ってます。ロンドン人と街を歩いていて彼女の様子にいつのまにか爆笑してしまいましたが、街角にたむろす人々の真ん中を軍隊の様に突っ込んで突破し、信号に頼らず動物的勘で道路を縦横無尽に横断し、あらゆる方向に急ぐ人々でごった返す駅に到着したら、派手な看板や広告の陰にかくれてあまりにもさりげないサインで示される正しいプラットフォームを探し出す為に駆け足で登り降りを繰り返し(たいてい一度は間違える)、たどり着いたら一息つく間もなくアナウンスに耳を澄ませる。いつ何時テロだかでラインが止るかわからないので。(実際アナウンス聞き逃したら大変なことになっていた事、数度。)まるでSEでよく見せられるビデオにうつる、獲物になった気分。どこにいても、一瞬たりとも呼吸が楽にならない。

さらに会場。エソテリックヒーリングが出来る人に頼んで遠隔でヒーリングをしてもらっていたものの、やっぱりあの場所ものすごく氣が悪くて、特に朝小グループに分かれてブリーフィングをする小部屋は、さらなる拷問的閉鎖空間。

限界でした。ただでさえ緊張マックスのところで、ろくに顔も知らず自己紹介もし合ってない人たちに、自分のものすごく弱い部分をさらけ出すなんてとてもできない。日本人ならまずそういう場になるよう、おたがい目配せして察し合って、安全な場になるようつながろうとします。これ自然にやりたくなる。でも、こういう前提のない人たちは、自分のニーズをまず押し出すのです。それによって他の人がざーっと引いても、そういう事が起こっているのが分からない。場のダイナミズムに関心がない。日に日につのる不信の渦に参加者の重い沈黙がかぶさって、窒息寸前でした。

でも、こうやって人を、物を、ジャッジするエゴそのものが、私が今回向き合わなければいけなかった課題そのものでした。ある意味この極限のブートキャンプが、必要だった。なぜなら私をアクティベートするこの環境、人々、それらが、私の内面を映し出す鏡に他ならなかったから。光が差し込み、海や木々といった自然に囲まれのびのびできる他の会場だったら、こういうものに気づかず、通り過ぎてしまったかもしれない。

薄々は気づきながら蓋して通り過ぎていた不都合な感覚の数々の中に、今回は飛び込んでみました。これを身体の感覚に置き換えながら一つ一つ。最初は自分がトラウマだと思い込んでいる出来事にフォーカスし、そしてそれが引き金になって立ち上がった深層意識を探って行く。

トラウマをもたらすのは、出来事にあるんじゃなくて、受け手側の神経の回路にあります。私の神経系がどういう反応をするかにかかっている。これが面白い。理性の蓋をとると、辺縁系(感情)や爬虫類脳(本能)のメッセージが押し寄せて来る。例えば悲しみは、死別や失恋のような分かりやすい出来事に限らず、長年に渡るデッドエンドの関係のもたらす静かなあきらめと絶望の蓄積だったりする。その感情にフォーカスして行くうちにそれは血も沸き立つ怒りに代わり、お尻を蹴飛ばしたい衝動や誰彼かまわず噛み付きたい衝動に代わり、そうかとおもうと嫌悪感がおしよせて横隔膜が痙攣してねじり上がり吐き気を催し、恐怖で心臓が早鐘のように暴れ、首筋に電気が走り硬直し、麻酔を打たれたときのような無感覚と麻痺が押し寄せる。そして手足が意志と無関係に震えだす。ホラーに聞こえますが、閉じ込められていたエネルギーを神経系が開放する際の自律運動の一例です。怖がる事はない。身体の神経系は他のなによりも正確に、トラウマを記憶している。

自分の身体に次々起こる連鎖に驚きつつ極めて冷静に観察して、わかりました。

不都合でとても直面できなかった出来事や直視できないネガティブな感覚が、それぞれが実はひとつひとつ宇宙の愛につながっている。耐えられない痛みに押しつぶされそうになったときに、宇宙の愛のようなものとつながるのを感じました。それは一つの大きなうねりでした。身体の末端の細胞までが、ピキピキっと跳ね上がって光りだすような感覚。固まっていた結合組織に、流れがざーっと起こった瞬間。

そうか、私は、るつぼだ。これらは切り離せないし、切り離す必要もない。私は私たちでもあって、私が、誰が、という区別もない。私はいつでもつながっていて、でもどこまでも自由。私は動かされているけれど、動かすものでもある。

言葉に置き換えてみたら、やっぱりなんだかピンと来ない辺な言い回しになってしまいました。でも、あの揺るぎない感覚、あれがなにより大事だった。あの時あの瞬間の実感が、なにより大事なことでした。あの実感をこれからもなにより大事にしたい、と思いました。

この「崇高な覚醒体験」は、わーわーとうるさい日本食チェーン店での会話がきっかけでした。連日のブートキャンプで泣きつかれてもう幼少期どころか何世代退行していたかわからず混乱の極みでズタボロで極限まで弱くなっていた私がこれに気づくのを手伝ってくれた友人は、私の血も凍るような記憶を思い切って告白した時も別に焼きそばをすする手を休めるでもなく、それ前も聞いたわよとさっと流して、え?そうだったっけとひるんでいる私にまるで女神のように彼女の気づきも話してくれました。あるこだわりに過剰な意味付けをして、なんでもかんでもそれに収めようとするのをover couplingといいますが、私のその時の大発見もいつものover couplingのひとつに過ぎない、といわんばかりに。

人は死ぬ直前、もっと自分に素直に生きれば良かった、もっと自分をかわいがってあげれば良かった、と後悔する人が多いのだそうです。でも私たち一人一人はこの宇宙の仕組みのなかで、完全な自由を与えられている。環境が私たちを変えて来たんじゃなくて、私たちが選んでここまでやってきたのです。こんなにぎりぎりに生きにくくなるまで。今の私の感情、今の精神状態、というのは、自分の創り上げたパタンのなかに収まっています。本当は誰にも強いられてないのに。

ヨーロッパ人、とくにお行儀のいいイギリス人である彼女は、普段自分で自分を縛っている鎖がどれだけ多いか知っています。そしてそういう鎖を創り上げた経験も含め、自分を生きにくくするすべての感情がぜーんぶ神の愛のなかに含まれていること、この認識の大切さを教えてくれました。私たちはこのるつぼにいるけれど、生きにくくなる必要はない。なぜならどの瞬間にも、私たちには私たちがどういう状態でいられるかを選ぶ自由があるから。過剰な意味付けやその対極にある切り離しに振り回されたりしてトラウマの渦に巻き込まれ、精神的にもうだめだと思っても、そこには解決の扉がある。この身体に戻ればいい。急ぐ必要はない。意味付けをする必要もない。ただ、身体の声に耳を澄ませばいい。少しづつ、ゆっくりと。

彼女はヨーロッパ人なら普段絶対ありえない大きなゲップを何度もして、うるささにまぎれてこういうことをしでかした彼女の勇気に2人でゲラゲラ笑い、私たちがおならもゲップもする肉体を持っている事がどんなに尊いことか、しみじみ語り合いました。あの、もはや日本食とはいえないそばは、それでもものすごく美味しくてお腹があったまって、細胞一つ一つの栄養になってくれました。
プロフィール

rolfertakami

Author:rolfertakami
鎌田孝美(Takami Kamata)

http://www.takamirolfing.com

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ヨーロッパロルフィング協会に所属する、
ヨーロッパで第2号の日本人ロルファーです。
英国スクールオブホメオパシー
アドバンスプラクティショナーコースに在籍し
現在臨床を行っています。

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内側に深くしまいこんだこだわりを、抱きとめ、見つめ、解放し、
かわりに内側で眠る可能性に光を与える。
身体が目覚め、失ったものを取り戻していく過程を
みなさまと楽しんでいきたいです。

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・ヨーロッパロルフィング協会認定
公式アドバンスロルファー
・同ロルフムーブメントプラクティショナー
・直傳靈氣師範
・全米ヨガアライアンス認定
ヨガインストラクター
・陰ヨガインストラクター
・ソースポイントセラピー認定施術者

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<セッションのお申し込み&お問い合わせ>

rolfertakami@gmail.com
+49(0)6171 279 0088

・・・・・・・・・
2017年冬 東京セッション
12月27日(水)〜1月3日(水)


2017年 直傳靈氣講習会(フランクフルト):

前期10月20日(金)14:30〜18:30
  10月21日(土)9:30〜12:30
       14:00〜17:00 
後期10月20日(日)9:30〜16:00
        
      
直傳靈氣交流会(フランクフルト)
10月23日(月)16:00〜18:00

ホメオパシーについて語る会
10月18日(水)14:00-17:00
内容
ホメオパシーとの付き合い方:
ーファーストエイド
ーミニコンサルテーション
Abby Takarabe, Peggy Bideホメオパスを
聖地スワジランド、オーストラリアから
講師にお招きします。

参加費用:
50ユーロ

直傳靈氣交流会(東京)


参加お申し込みを受け付けております。
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Profile:

Takami Kamata

Certified Advanced Rolfer®
Certified Rolf Movement®Practitioner
Jikiden Reiki® Shihan
Registered Yoga Teacher
SourcePoint Therapy® Practitioner

Contact me at:

rolfertakami@gmail.com


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