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2014. 05. 26  
今たぶん私にとって今世でいちばん忙しい日々です。日本から、パリから、イギリスから、私の集中セッションを受けにわざわざ飛行機で来てくださる方が3人シンクロし、その合間で人生大転換の為の準備を2重3重でやっています。日中アドレナリンとエンドルフィンをマックス放出してセッションと数々の実務を3倍速でこなし、夜中の2時から5時の睡眠ですべてをリセットして、5時台にぱっちり目が覚める。もっと寝ていたいと身体はごねるが「交信」を受けた芯の部分はもうすっかり覚醒していて、それでしばらくゴロゴロするものの、毎朝「降ろされる」ことをすべく、起き上がったとたん駆け足で動き出す。これもう1ヶ月ほどつづいていて、さすがの私も、自分はサイボーグだったのかと疑い始めたほどで、でもたぶんこのペースで7月までやっていくんだと思っています。

周りの方々が、それは絶対無理だ!と目をむけばむくほど、たぶん私の背後にいる何かの存在が燃え立っている感じで、当の本人がなんだか自分に今起こっている事をどこか人ごとのように思っています。だって、いま起こっていることの連続、自分の力ではとうてい無理です。実際、周りの方が本当に本当に手伝ってくださっています。(なんて程度じゃないです、すみません。)昨今自分の身に起こる事に関しては全部、何かの偉大な存在を感じざるを得ません。

今日から集中コアセッションを始めた、パリを拠点に世界的に活躍している日系3世のアメリカ人の著名振付家。彼女が最初にここに現れたときには、そのあまりのエネルギーの美しさに、この人はクライアントさんというより先生、こんな方に来ていただいてしかもお金いただくなんて、うそ、むり!!と平静を装いつつ内心めちゃくちゃ慌てました。

彼女とはもう一言言葉を交わしただけで言葉がどんどん溢れて来て、自分の立場なんぞすっかり脇において、今日などはセッション前に1時間も話し込んでしまった。彼女も私も、普段言えない事を言える相手だとお互いなんだか直感してしまい、世間話ができず、いきなりコアの話になってしまい話がとまらないのです。(これは洋子さんと居る時も同じで、彼女と話しているといつのまにか6時間経過してたりする。)日本語が一切話せない彼女から出てくるのは、あまりにもこの人は日本人と思わせる感性の数々。不思議です。日本人の魂を作るのは、日本語でも日本という土地でもないみたいです。やっぱり私たちのDNA情報なのかもしれない。

彼女はもとバレリーナで、いまもバレエを教えていますが、この彼女曰く、バレエは型だと、だから型を追求させるために身体を型に合わせるように壊して行くんだと。(確かにバレエダンサーで悲惨な故障をしている人は多い。)

もっともバレエは型を追求してはいるけれど、同時に身体の外側のスペース部分の表現を追求しているので、型とはいえ型を超えたところも含んでいますが。

彼女がバレエを通して追求しているものは、私がいつもヨガやロルフィングで言い続けている、省エネの生き方:自分の身体が思うがままに動けるように、らしくないものをとことん削ぎ落として行く生き方とは一見真逆です。でも型は、自分を制限するように見えて、でもそうではない。型、というのは先人の叡智。そこにある美、そこに到達するまでの道のり、それを倣ったあとに見えるのは、実は私が追求しているものと一致します。要するに感性。

一流ダンサーたちとワークさせていただく機会にめぐまれていて思いますが、一流のダンサーにはタイプが2つあって、1つがもうまったく別人種と思えるような恵まれた肢体をもった人か、後はえっと驚くくらい普通というか、むしろポンコツと言ってもいいくらいのハンデを抱えている人かのどちらかです。彼女も言っていましたが、一流のバレリーナというのは、体形が大抵完璧じゃないそうなのです。これは私が常日頃感じていたのであまり驚きませんでした。舞台ではめちゃくちゃ美しく見えるし、全く不自由ない動きをしているのに、実はそれは晴れ舞台仕様。オフでは全然違う。

ではなにが彼らを一流にしているか、というと、型を超えた感性の部分だそうなのです。例えば安藤洋子さんは、歩くエネルギー体というか、歩く巫女というか、彼女は自分のエネルギーと感性を舞台で表現するために、バレエの型を借りているのです。バレエのアプローチとは一見真逆。でもバレエも、型を超えたあとには本人の感性が見える。実際に私たちがバレエダンサーを見て美しい、と惹かれるのは、どれだけ型に正確にちかづいているか、という部分より、どれだけその人か、という感性の部分でありエネルギーの部分だったりします。

実は私も、ロルフィングという型を借りてはいますが、ワークを行っているのは私の感性でありエネルギーです。
実はエネルギーワークをしている人の多くは、自分がエネルギーワークをしているとは決して口を割らない。そんなの当然で前提だから。そんなこと口に出すのはあまりにも野暮だから。でも私たちは本当は本能でこれを知っています。結果をもたらすものは要するにエネルギー。私たちはそもそもがエネルギー体。

西洋人はパフォーマーなので、自分を自分があるいは世間が決めた理想の型にどれだけ近づけるかに躍起になります。でありとあらゆる操作をして、虚飾をつくりあげる。そのうちどこまでが自分でどこからが虚飾かわからなくなります。最近は全世界がそうかも知れない。ネットでのつながりはやっぱり虚飾です。その場で空気を共有したときの次元と、Skypeやメールで共有できる次元は、まるで違う。ネットでは化けることが出来る。やっぱり虚飾です。

でも、最近とくに、こういう虚飾と地の境がわからなくなって、息苦しさを感じ始めた魂が、我慢出来ないと立ち上がり始めた感じがしています。暴力にばかりむかうアメリカ、暗さに蓋をしたまま表面的な賑やかさを楽しむ日本、こういう中で、どこかが違う、もう我慢出来ない、と反旗を翻し始めた魂たち。

全く同時期に、まったくお互い関係のない人間が(いや実はありますが)、同じような理由で私のところに集まってくるのは偶然とはとても思えません。今ドイツでも、今週末からの日本でも、そして今回の日本滞在で行う直傳靈氣講習会でも、どこかエネルギー的に符号するものを持っている方々が集まってらしたな、という印象を受けています。

1年まえにいきなり直傳靈氣の師範格になろうと決め、今年も、よりによってと笑えるタイミングで師範になろうとしている私が、いま師範になれたとしてお渡しするのは、これらの状況に必要なツールなのだと思っています。靈授を同時期に受けた方はその後の人生展開が同期する事が多く、これも偶然じゃないと思っています。直傳靈氣はひとつの型です。でもここで表現されているのは先人からのとてつもない叡智、そしてそれを使いこなすのはそれぞれの感性。

いま話せるのはたぶんここまで。7月以降、私と私の周りの方々がどうなっているのかすごく楽しみです。






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2014. 05. 05  
今回のトレーニングでナイーブなギター弾きのクラスメートが昼休みに聴いていたErik Mongrain。トレーニングでもう芯まで疲れきって外部刺激をもう一切受け付けたくなくなっていた私の耳が砂漠の砂が水を吸い込むようにひきつけられたのがEon's illusionでした。ギターの音色がこんなにいいと知らなかった。教えてもらったリンクをダウンロードしてBGMにかけながら続きを書きます。他にもこんなコレクションがあります:


今回のトレーニングに向かった時点では、今現在の、そしてこれからのクライアントさんのため、という施術者としての意識しかありませんでした。差し迫るニーズのため。このトレーニングは録音が許されていないうえ、旅行を続ける主人と娘にカメラを譲ったのでカメラもなくもう丸腰。スライドは字で埋め尽くされ、そのスライドの文字を追っていては、読む時間を与えてくれずにスライドとは違う言葉で込み入った深い概念をスラスラ言ってしまうペドロの言葉が頭に入らない。理解はあと、言葉だけ書き写しておこうとしても書くのが追いつかない。ぱーっとしゃべってどんどん次の画面に変えてしまうペドロの講義はイギリス人でさえ追いつかなくて、私ももう一切諦めて全身を耳にして、しゃべっている内容をその場で理解することに集中しました。

内容もトラウマ形成のいきさつについてはまるでどれもこれもが自分のことを言われているようで平然とはしていられなくて、まるでみんなで息を詰めて25メートル潜水やっているような感じでした。誰かがたまりかねて質問すると、それに続く質問の嵐。どんなに込み入った質問にも手早く賢い答えをくれるペドロへの質問はどんどんエスカレートして、時間はますます押してますます講義の口調は早まる。一定時間を超えると、ショートしつつある私たちに、はいストレッチ〜。だったらもうちょっとゆっくりやってくれてもいいのに・・とは思えない。とにかく一言でも多くこの人の口を通して吸収したい、細胞に刻み付けたい、という思いの方が強くて。座りっぱなしなのに、休憩時間のたびにビスケットを2、3枚立て続けに口に突っ込み、また全身耳になる。思い返すとずっと振り切れてました。今回ほど、しょっちゅうあるティータイム休憩の存在がありがたかったことはない。(こんなに急いでやっても間に合わない内容を通訳つきでやる国ではどうやってるんだろう・・)

午前中の講義はこんな感じで、午後は生徒同士のセッション交換でした。50人もいる参加者同士のセッションは、前回がどこかおままごとのようだったのが、今回はそれぞれ板について、思わず本気セッションになってしまっているのがあちこちで見受けられました。初日のバッチリメークが日に日に薄くなり(どうせ崩れるから)、最後はもうだれだったか解らないくらい素顔になってしまう人や、最初の外交モードからどんどん内向していった人、最初から最後まで人と関わるのを避けていた人、ず〜っと淡々と平静で居続けた人・・。こんなに短期間で人の内面が浮き彫りになっていく過程を見ているのは本当に楽しかった。

私はというと、今回はずっと施術者モードで淡々平静でいるかとおもいきや、やっぱりそうは問屋が卸しませんでした。本気の施術者をやった直後に本気のクライアント。ここまでいちいち正直にやらなくても・・・と理性の私は諭し、でも今はこれができるチャンス、と本能の私はダイブを選ぶ。

初日の生徒間の交換セッションで、のっけからスーパーバイザーから指摘された顎。これが運命のゲートを開きました。私は多くのヨギーと同様、身体がぐにゃぐにゃに見えてその実とれない芯がある。顎、というのは言われてみればトラウマ以外の何ものでもないのに、それがその芯だと言われるまで気づいていませんでした。

幼少の頃から自分が何をしているのか全然わかっていない歯科医たちに散々付け焼刃なことをされつづけ、失敗治療がこじれ事態は複雑化し、そうこうしているうちにもはや処置不能、というところまで行ってしまったのが今の私です。最新の機材にプランなく飛びついて増改築を繰り返した結果、見るに耐えないありさまになってしまった家のようだ、とある歯科医に言われたことがあります。実際私の歯の治療には家が一件たつほどの投資をしてきました。その直截な表現で見せられた現実に、身体中が萎えた瞬間をいまでも覚えています。今でも、最後に王手をかけたはずの治療の後遺症に時限爆弾をかかえている。これが、トラウマじゃなくて何・・。

トラウマと深い悲しみはよく混同されるのですが、2001年に発表されたWilliam SteeleとMelvyn Raiderのチャートはものすごく明確にこの違いを表現しています。ピーターがTrauma from Children’s Eyesの中で引用していたのを私もまとめてみました:

トラウマ対照表

この対照表を見ると、私の顎は明確にトラウマとわかります。

私の表情を見てまもなく私の顎のトラウマを見事にあてたスーパーバイザーにブラックボックスを開けられてしまい、そこから先は、組む人組む人が、その部分をどんどん掘り下げて行ってくれました。まるでセッションでくりひろげられる一瞬一瞬が、私の深層意識と無意識へのミッシングリンクを暴いていく感じ。私こんなことしてる、こんなことしゃべってる、と、やっぱり理性の私は変だと思い押しとどめようとして、本能の私がそれを構わずどんどんやってしまう、という、一種の分裂状態が続きました。多くの人は混乱と表現していたけれど、私は2人の自分のせめぎ合いのように感じていました。

トラウマ化した顎がゲートが開き、そこを手がかりに、また大きな変容の旅をして来ました。トレーニング後に実際の施術者から本物セッションを2度、受けました。一人がジゼル、もう一人がアンキ。ペドロの奥さんのパオラから今回は受けられなかったのですが、変わってセッションをしてくれたジゼルのくれたものは計り知れなかった。今この時に、彼女からこの言葉を貰ったのは運命だ、と思えました。帰り道、泣きながらそれを繰り返した。それほど、ジゼルからの言葉は大きかった。

ジゼルはこの業界では知らない人のいないアナトミートレインのトーマスマイヤーの元奥さんです。二人ともロルファーで、ジゼルは助産師でもあります。今はジゼルはSE施術者としての活動の方が主で、トムはアナトミートレインのワークショップの活動が主で、2人とも残念ながらもうロルファーを前面には押し出していません。

ジゼルは64歳になって顔にシワは増えたけれど、フリルのスカートとブーツをを着たり、ウエストをバッチリ絞った服を着てもサマになってしまう、奇麗で素敵な女性です。有名人の妻の座を捨てて娘さんとイギリスに戻った当時は、シングルマザーとして生活していくため、助産師、ロルファー、掃除婦、3つの仕事をかけもちして、がむしゃらに働いたそうです。見かけの女っぽさとは違い本質はものすごく男性的で、実際本当は男に生まれたかったと思っていた彼女の言葉:
「私は男にできることは何でもできる、そして男にできないこともできた。それは子供を産むこと。」
今は超一流大学に進学した娘さんを誇りに思いながら、自分の選んだ仕事も誇りに思って世界中を飛び回っている彼女は、私の憧れでもあります.

その彼女にセッションを受けながら、ついつい話が身の上相談みたいになってしまい、そうするとジゼルは、ここは女と女の話になるけど、と膝を寄せて先輩女性としての智慧を授けてくれました。SEセッションいうより、人生相談に乗ってもらったような感じでした。理性(エゴ)の私はこだわり、ハート(何か大きな存在)の導く私は、実はなんにも心配をしていない。でも、この状況で何とかなると思ってるなどと口に出してしまうと正気を疑われるので、心配しているフリをしている・・こんな私を全部彼女はお見通しでした。

ー私、なんとかサバイブできるかもしれない。
ーあなたはもうサバイブしたのよ。これからは、生きるのよ。

これは、嬉しかった。本当に。

私は、これからは生きるんだ!

人からもらった言葉で、これほどリアルに身体に突き刺さる言葉は経験したことがなかった。あのときあのタイミングで言われたのは、まるで天啓をもらったようでした。ここからは新しい人生が始まったよ、と偉大なる存在に言ってもらったような。この一言で、周りの景色がガラッと別のものになったような。

これからは、私は生きていいんだ!

その感覚は本当に、今までに味わったことがなかった。自転車に乗って道路を走りながら、私は選んでこの道を走っている、スーパーで何かを手に取ったときには、私は自分で選んでこれを手にして、私は選んでこれを食べる、ひとつひとつ確かめて、その手触りをとてつもなく愛おしく思う作業をしばらく続けました。私はいまここで生きることを選ぶ、それをしていいんだ!と、何度も何度も、びっくりしながら確かめました。これだけ好き勝手やっていながら、いつも私にはどこか罪の意識があって、どこかいつも冷たくて硬い芯がそれを許して来なかった。どこかいつも我慢してきた。それを知ったびっくり。それを無意識に体現していたのが私の顎。

たぶん、ここまで自分勝手な私の勝手な我慢は、原罪の感覚なんじゃないか、というのが、今回のトレーニングで浮かび上がって来たことで、最後にアンキから受けたセッションで、それを彼女から直接言われて知りました。ここは今でもピンときていないのですが、あのときは私の身体が全身鳥肌だって、身体は間違いなく反応した。それがイエスだかノーだかはわからないけれど、なにか大きな反応があったということは間違いありません。

注)ちなみにSEセッションでは、こういう「診断」はしないし、思考回路に影響を与えるようなことは一切言いません。これは彼女と私の間のオフレコの話です。

まだきれいに話をつじつま合わせないようにしたいと思っています。ピースが少しづつ自ら集まってくるのを淡々と待つ作業をしていたいから。

アンキのことをすこし話します。彼女はシンガポールに住む韓国人で、私は彼女に初めて出会った瞬間に、私あなたのことが好き!と飛びつきました。彼女は何も考えずにこういう告白をしてしまうのを許す雰囲気を持っているのです。私より年下なのに、なんだかお母さんとよびたくなる雰囲気。彼女が生徒ではなく、監督者として来ていると間もなく知って、すぐにセッションをお願いしました。他の人たちは、実力が解るまで、とわりと慎重だったのですが、私はもう何より彼女のセッションを受けたかった。

結果。彼女を前にすると私はもうどうしようもなく泣いてしまうのでした。どうしてこんなに泣くのか、何を言って何をしているのか解らない、もう完全に理性の部分がとんだ反応を、身体がしてしまうのでした。自分が口に出し、することを、後から追いかけている感じでした。彼女からセッションを受けただれもがこういう反応をしたわけではないので、たぶん彼女と私の間のエネルギーが化学反応を起こしたようなものかと感じていますが。

あとでアンキが、私たち前世で兄弟だったかもね、とふと言いました。そうだかどうだかはわかりませんが、彼女は何か私を深く知るキーパーソンであることは間違いないと思っています。

今回のSEでは、前回以上に、関わった人たちそれぞれとの絆を感じました。私がいろんな人たちにひとつひとつ扉を開けられていったのと同じように、私も関わった人たちそれぞれが扉を開くのを手伝いました。これは前回よりうんと確かに手応えを感じた。セッションがおままごとじゃなくなって、つい真剣になってしまったのもそこ。横から口をはさむスーパーバイザーに、思わず、自分が何してるかよくわかってるわよ、邪魔しないで黙ってて、て言いそうになったほど・・。

今考えるとこんな態度はなんて傲慢、なんて危険、とわかるのですが、セッションをする時に相手に繋がると、なにかのスイッチが入るのです。当事者同士は解っているのです。そこが解り合える人だと、繋がった瞬間にセッションは勝手に動き出す。それがわからない人からのアドバイスはノイズにしかならない。SEが爬虫類脳にアクセスするものであることからも解るように、この動物的嗅覚は大事にしたいと思っています。

SE施術者としては、大脳新皮質で計算しながらセッションを誘導します。でも、目の前の人の爬虫類脳と大脳辺縁系を扱っている以上、自分がそこを閉じてちゃいけない。大脳新皮質だけでやっている人がつまづいているのは、そこがどうしてもつながらないからだと感じています。だれもがピンと来ることではないこのあたりのことをもうず〜っと書き続けてきたのも、私はこのミッシングリンクの大事さを痛感して来たから。





2014. 05. 04  
昨日、フォーサイスカンパニーのフランクフルト公演The Returnsの最終日に行って来ました!このリターンズは人気でしかも席が少ないからすぐに席を確保した方がいいといわれ、前回の公演の直後にもう席を確保してもらっていました。ダンサー達がこぞってこれはクレイジーだから楽しみにしててね〜!と言っていた演目。いつもどのみちクレイジーな彼らが、わざわざ強調するのはどれほどのものかと思っていましたが・・

落とした顎が最後まで閉じられなかった。

初回ドレスデンでの公演は、終わるまで観客が凍り付いてなんの反応も帰って来なかったそうで、ダンサー達が、ヤバいこれ失敗かもと思ったほどだったそうですが、終わったとたんにブラボーの反応が返ってきて、やったーと思ったそうです。今回のフランクフルト公演は、すでに観客がこれは笑えるピースだと解っていたので反応も予想通りで、ある意味つまんなかったとのこと。

一筋縄ではいかない彼ら。これをきいてなんか漢方のようだと思いました。生薬に必ずちょっとだけ毒を混ぜるのが漢方。絶望的にシリアスな時に笑いの種をみつけ、どうしようもなく笑える時にちょっとシリアスを混ぜる。このちょっぴり異質、が実は効能をぐっと高めるのを知っている。いろんな道を通っても、極めた人は必ず最終的に似たところにたどりつく。

来年解散を決めたカンパニーの、最後の演目が続いています。フォーサイスがクリエーションを止めると宣言してから、ずっと過去のリバイバルを続けているカンパニーですが、それでも一回として同じことをやらない彼ら。公演中も毎日中身が変わっているそうなのです。要するに、即興しかやらないのです。

彼らの普段の稽古というのは、いかに即興をやるか、そこを磨いているんだと、練習を見学させていただいたときに知りました。テクニックの向上、みたいなところにもうすでに全然興味がない。身体は動いて当たり前。複雑なウルトラC級の動きはできて当たり前。ゲストティーチャーのクラスでちょっと派手なテクニックを見た時、私などはすぐ軽薄に、わぁ〜すご〜い!と手を叩いてしまいましたが、ダンサー達はしら〜〜っとしていたので、めちゃくちゃ恥ずかしい思いをしました。

いかに即興をやるか、というのは、いかにいまを生きるか、の練習。だんだん彼らの求めてきたものが解って来て、改めて彼らのすごさに言葉を失いました。なんだか私が知ったようなことを言える世界じゃない・・。

さてその内容ですが。

・・安藤洋子の毒気に当てられた。

舞台は昔のいわゆるうしろにぐーっと飛び出したブラウン管テレビを、ギャル(・・て死語?)の部屋で見ているような設定でした。安っぽいカラフルな小道具が部屋中に散らかっていて、そこでギャル化した安藤洋子の「アート」の世界が繰り広げられる。アートといいながらそこに表現されてるのはギャルの欲望ーおしゃれ、美容、お金。ストレートヘアーのカツラをかぶってミニスカにブーツ、赤いビニールテープを唇と爪に貼った洋子さんが舞台に飛び跳ねて出て来たときは、あまりのハマり方に口があんぐりと開いてしまい、そのまま2時間最後まで口が閉じられなかった。あれ、観客ほぼ100パーセント、洋子さんはギャルだと思って帰ったはずです。

洋子さんの独壇場でした。主役として最初っから最後までほぼしゃべり通し、シナリオなしの即興の司会と、即興の他のダンサーたちとの掛け合い.独り舞台で歌までうたってくれました・・。日本語と英語とドイツ語がもうめちゃめちゃに混じって、私がいつも英語とドイツ語でめちゃくちゃになっているその混乱そのものの実況中継をされているようでした。LとRがいっつもごっちゃになるし、日本語どうせわからないだろ〜と思いながら、本音は思わず小声で日本語で口に出してほくそ笑んでるところとか・・・まるで私の頭のなかでの独り言を全部言葉に出されてしまったみたいでした。やられた・・。

今回は最終日だったからダンサー達もどこか羽目をはずしていて、最後のファッションショー(ダンサー達が司会の洋子さんを驚かす衣装で出て来る)ではストリップを披露していただきました。あれは放送禁止。ありがたいものを見させていただいた。

パイレーツのシーンはサーカスのようなすごいテクニックだったし、聖母マリアのシーンのコラージュは、ちょうどイタリアの教会でボッティッチェリの壁画を見たあとだったので、彼らのコマ送りのような動き方が記憶の壁画のフラッシュバックのようだった。フィナーレのどんちゃん騒ぎが終わった後に、真っ黒になった舞台で195センチの黒人ダンサージョシュが下半身だけフラダンスのコスチュームのようなものを身につけて一人舞台に浮き上がったときは、そのはにかんだ女っぽい身のこなしに思わず吹き出す観客が多く、彼が信じられないソプラノでわけのわからない歌をうたいはじめたら私も笑いを抑えられませんでした。彼のしぐさは、笑わせてやろうというより、ちょっと恥ずかしくて・・みたいな素人っぽさがあって、それが本当に笑えるのです。コンサート会場のようなビートが鳴り響いた中でアフリカンの血をたぎらせたような踊りを披露してくれたあとだったから、なおさら。

あれは、本当に、毒気にあてられた、としか表現しようがない。洋子さんが最後に日本語で、「芸術は爆発だ〜!」と叫んでいましたが、まさに岡本太郎が乗り移っていたような舞台でした。そもそもこの作品は、洋子さんとアマンシオが二人でふざけていたのをフォーサイスが面白く思って作品にしたものだったそうなのです。ものすごく洋子さんのワールドでした。

舞台を見に行く、というのは、この臨場感を感じに行くのですね。小沢征爾がコンサートのいいところは共時性、と言っていましたが、そう思いました。あの時あの時間をあの人達と共有した、あの呼吸の記憶。いやあ、昨日の非日常は爆発的でまた知恵熱を出すかと思いましたが、とりあえず今日は日常をつつがなく生きられることができました。
プロフィール

rolfertakami

Author:rolfertakami
鎌田孝美(Takami Kamata)

http://www.takamirolfing.com

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ヨーロッパロルフィング協会に所属する、
ヨーロッパで第2号の日本人ロルファーです。
英国スクールオブホメオパシー
アドバンスプラクティショナーコースに在籍し
現在臨床を行っています。

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内側に深くしまいこんだこだわりを、抱きとめ、見つめ、解放し、
かわりに内側で眠る可能性に光を与える。
身体が目覚め、失ったものを取り戻していく過程を
みなさまと楽しんでいきたいです。

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・ヨーロッパロルフィング協会認定
公式アドバンスロルファー
・同ロルフムーブメントプラクティショナー
・直傳靈氣師範
・全米ヨガアライアンス認定
ヨガインストラクター
・陰ヨガインストラクター
・ソースポイントセラピー認定施術者

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<セッションのお申し込み&お問い合わせ>

rolfertakami@gmail.com
+49(0)6171 279 0088

・・・・・・・・・
2017年冬 東京セッション
12月27日(水)〜1月3日(水)


2017年 直傳靈氣講習会(フランクフルト):

前期10月20日(金)14:30〜18:30
  10月21日(土)9:30〜12:30
       14:00〜17:00 
後期10月20日(日)9:30〜16:00
        
      
直傳靈氣交流会(フランクフルト)
10月23日(月)16:00〜18:00

ホメオパシーについて語る会
10月18日(水)14:00-17:00
内容
ホメオパシーとの付き合い方:
ーファーストエイド
ーミニコンサルテーション
Abby Takarabe, Peggy Bideホメオパスを
聖地スワジランド、オーストラリアから
講師にお招きします。

参加費用:
50ユーロ

タロット講座

10月23日(月)
13:00−16:00

講師:大塚英文さん
受講料:60ユーロ


参加お申し込みを受け付けております。
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Profile:

Takami Kamata

Certified Advanced Rolfer®
Certified Rolf Movement®Practitioner
Jikiden Reiki® Shihan
Registered Yoga Teacher
SourcePoint Therapy® Practitioner

Contact me at:

rolfertakami@gmail.com


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