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2015. 04. 20  
昨日兼ねてから春になったら遊びにおいでよと誘ってくださっていたクライアントさんのお家にお邪魔してきました。私の住むOberurselから電車で1時間ちょっとのところにあるButzbachという村。このButzbachに住む彼は実はご夫婦ともフランクフルトで働くバリバリの金融マンなのですが、毎日車で40分かけてフランクフルトまで通勤しています。フランクフルトで働く人たちの中には、住居をわざわざ郊外に求める人は多く、Oberurselなども住居として典型です。

大都市のすぐ隣に田園が広がるのがドイツです。上空から見るとまるでドイツは森に埋もれているかのようで、夜のフライトだと暗闇につっこんでいく感じです。その田園の中に小さな村がポツポツと点在し、それぞれに教会があり市役所がありシネマまであったりして、それぞれがちょっとした独立国家のようになっています。

最寄駅のOberursel Bahnhof.ここからS-Bahn(特急電車)に乗ります。そこから36分。
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迎えてくれたのが、360度の田園風景!!
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まるで小旅行に来たみたいでした。

以前ご自宅で収穫したリンゴで作ったというリンゴジュースを頂いてあまりにも美味しかったので楽しみにしていたのですが、なるほどこの奥山が一面リンゴ畑。その一角が彼の所有です。
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今回ご馳走になったのはそのリンゴで作ったという、彼がかねてから絶賛していた奥様お手製のリンゴケーキ。
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その場で写真を撮るなどということはあまりに失礼だと遠慮して、おみやげに持ち帰ったのを娘がかぶりつく前に慌てて制止して撮ったのですが(だからすでに崩れてしまっていて残念)、これが美味しかった〜〜〜〜〜〜!写真だと小さく見えますが、フォークはケーキ用ではなくメインディッシュ用。まあざっと日本のケーキの2倍以上あります。この半分以上が生クリーム。リンゴがすでにものすごく甘いのでお砂糖控えめ、というそのケーキは、普段乳製品が得意でない私にも抵抗ないさっぱりさで、あまりの美味しさにこの量を一気してしまいました。お土産に頂いたものまで一気してしまった。ドイツは本当に各家庭のケーキが美味しい。

ドイツでの典型的な休日の過ごし方は、午前中はせっせと庭仕事、午後は人を招いてだいたい3時か4時くらいにケーキとコーヒーをいただくというもの。夕飯を共にする時はその後7時から8時くらいに乾杯して(人を招くときにはしっかり奥様が手料理を振る舞ってくれる)、そしてその後夜中まで延々、延々とひたすら話し込む、というものです。

普段はいかにも金融マンぽいパリっとした佇まいの彼なのですが、家に着いたとたんに農夫に変身、課された家仕事を黙々とこなしているようです。家で靴を履いているのに慣れていないようで、私の前でもすぐに裸足になってしまいました。庭には彼担当の工作台があり、そのよく使いこなされた様子に、ああここで楽しんでるんだな〜とすぐ解りました。幼稚園の男児がよく部屋に持っているあれなのですが、大人になってもこれを持っている男性はすごく多い。黙々と工具で作業するときの男性の楽しそうな様子は、見ていて本当に飽きない。以前もイギリスで別の方から隠れ家である工具置き場を見せていただいたことがあるのですが、それを愛おしそうに紹介してくださった方は、これは僕の瞑想でね、とおっしゃっていました。

薪割り、庭の草刈り、木々の選定、これって、労働と思うと惨めになりますが、これが彼らにとっては楽しみで、瞑想なのですね。こんな美しい自然に囲まれて、季節の移り変わりを楽しみ、毎日裸足で地面を踏みしめて、鳥や羊や馬や大地と対話することをなにより愛している彼らが、なにか本当に豊かな感じがしました。日々、仕事から帰ってからご夫婦でこの農園を散歩するのだそうです。伐採した木々を重ねておいたらいつのまにかキツネやウサギや小動物たちの集合住宅になっていて、隣には新しく生まれた子羊たちがいて、5年前に植えたリンゴの木が毎年少しづつ成長している。こういうものを観察しながら。今年山に戻って来たオオカミだけは、招かれざる客だけど。

息子さんは例によってサッカー三昧ですが、その他は近所の子供と自転車で山道を危険なライダーとして暴走して楽しんでいるようです。きちんと紳士的で礼儀正しい挨拶をしてくださったときにはなんて洗練された子、と思わず感心しましたが、そのあと友達と連れ立って思いっきり自転車をこいで山を駆け上がりながら別人のワイルドさで大声でこちらに話しかけてきた彼を再び見て、うわあ健康だ、と再び感動しました。

田園風景で洗礼を受けた後部屋を見せていただいたらまたびっくり。まるでイタリアかフランスのホテルのような洗練された佇まい。失礼と思ったけれどあまりにも感動したので写真撮らせてもらいました。
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全然気にされた風でもなく構わないよ〜、何なら入れてあげるよ、と言われ、人の家で喜んで写真撮ってもらう私。
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奥様が本当にセンスのいい方なのです。一部の隙もないくらい、部屋にはセンスのいいものしか置いてない。かなり料理をするという台所さえ。この家がなにより好きという家庭的な彼女は、しかも女優のような超美人。どうしてこう生活感なくいられるの???掃除の女性を雇うこともなく家事全部自分でこなして、フランクフルトで働いて、それでその佇まい。私いい夫に恵まれたの、すごく幸せ、と魅力的な微笑みで幸せそうにつぶやく彼女に、なんだか羨ましいと思う気持ちも起こらずただぼーっとしてしまいました。

せっかくだからと中心街を案内してもらいました。Butzbachは本当に奇麗な街でした。古いものを大事に保存しようという市民の思いが込められたような街。Oberurselをさらにもっと洗練させてコンパクトにした感じです。歴史的建物ばかりなのに、その一角にシネマまである。ちょっとした観光地なみの華やかさ。ちなみにレストランはイタリアンが多いとのこと。

街の教会。
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時計がさすように夕方6時でこの空です。左隣に見えるのが、中世の魔女狩りの時に魔女達が押し込められた塔。その左隣にずっと繋がっているのが、市を守る壁です。中世ではこの壁の各アークにそれぞれの職人が住んでいたようで、いわゆるガード下の住まいなのですが、日本人でも驚くような狭さです。奥行きが2間ほどしかない。ここに生活のすべてを収めるってどういうこと。いまでもこの一部に人が実際住んでいて、希望すれば中を見せてくれる、とのことです。
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こうやって街を案内していただきながら奥様と3人で歩いていたら、誇張でなく3分に一度は誰かが彼に声をかけていました。小さい村だからほとんど顔見知りだし、天気がいい休日なのでみんな外に飛び出してカフェに集まって団らんしている、という事情もありますが、彼の人柄なんだろうなと思いました。まるで村の太陽みたい。みんなから歩き方が変わったとしきりに指摘される、治癒を喜んでもらってる、と以前言ってらしたのですが、これ誇張じゃなかったのかもしれない。超ストレスの多い職場だろうに、と推測しますが、どうも話を聞いていると笑いの絶えない雰囲気のようです。職場のみんな仲がいい。たぶん彼の人柄がまわりに伝染しているのだと思います。なんて素敵な人生。

このあとケーキのお土産をいただいてフォーサイスカンパニー最後の公演に向かった訳ですが、まるで素晴らしい旅行に行って来たような気分でした。わずか数時間なのに、1週間たっぷり太陽の光を浴びて来たような気分。(後から伺いましたが、私本当にラッキーだったようで、昨日は本当に天気も何もかもが最高のものを見せてくれた日だったそうです。)美男美女カップルでいい仕事と立派なご子息に恵まれ、というところをとるともうあまりにも遠いのでそこは置いておくとして、昨日しみじみ感じたのは、幸せな人というのは栄養源があるなあ、ということ。彼らはストレスの多い現代の仕事に身を置きながら、なにか突き抜けて幸せそうな雰囲気がある。それが間違いなく彼らが一番大事にしているあの田園生活。一瞬一瞬がもう喜びと楽しさで満ちあふれているようなあの生活は、大地が支えてくれてくれているように見えました。こんな現実があるんだなと思いました。その一部を見せていただけて、しみじみ感じるところがありました。間違いなくめざしたい生活のモデル。




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2015. 04. 12  
昨晩公演のあと、一緒にいった友人と深夜1時半過ぎまでカフェで話しこんで帰ってきました。カフェでお茶一つで深夜まで楽しく安全に過ごせるっていうのはありがたい国。

彼女から頂いた言葉で忘れてはいけないと強く感じた言葉があったので書き留めておきます。

セラピストは、言葉にはしないモラルの部分が大事。

彼女に言われて、それね・・と重い口を開きました。私たちにはそれぞれ持ち場というものがあって、その持ち場それぞれに、これは前提になるモラルがある。あまりにも当たり前ですが。

セラピストは舞台で言えば間違いなく裏方です。裏方には裏方のモラルがある。彼女曰く、このあたりの自覚はドイツ人の方がしっかりしている、ということです。日本では容易に簡単に誰でもセラピスト、みたいな風潮を昨今感じるのですが、そして実際セラピストは誰でも簡単になれるのですが、これが信頼出来るセラピストとなるとまるで違う話になってきます。このあたりは自分で書いていて耳が痛い。でも、都合が悪いと避けて通れない。

私は施術者として、我の充足のためにやっているのか。私が救われたくてやっているのか。自己実現のためにやっているのか。

大抵セラピストになりたい人は、まず自己の救済が必要でこの世界に入ってきます。人を救うためだけに天界から降りてくる菩薩様のような方はめったにいない。それがいけないわけじゃない、それをちゃんと自覚しているか。

自分がどこまでできてどこからできないかを自覚しているか。

セラピストという持ち場についての自覚です。人をどこまで引き受けるか。どこまで助け、どこまで導けるか。そしてどこで離れるか。その人に対する自分の持ち場についての自覚がモラル。

当たり前のことなのですが、いろいろなワークショップやセミナーを開催している人を見ていると、なにかこの当たりの前提を飛ばして無邪気にやっている人が多い気がしています。どんなにいいテクニックや内容を伝授していても、それはそれで素晴らしいことでそれでいいのですが、でもその人のセラピストとしての持ち場に対する取り組み方の甘さみたいなものが透けて見えてしまうと、なにかその人に対する強い不信が残ってしまうのです。内容だけをありがたく頂いていればいいものを、なんでこんなに後味悪いんだろう、私だけのこだわりか、と思っていたのですが、彼女から言われてつい反応してしまいました。

これは我があってはいけないとか、手助け第一のために自己は脇に追いやる、みたいなルールを自分に課す、というのとは違います。どうもこういう世界は相手をコントロールしたいというパワーゲームに陥ったり、自己犠牲や共依存のパターンを繰り返したり、ということに陥ってややこしくなることも多いので。

セラピストとして、というか人間としてシンプルにいられるために大事なことを教えてもらいました。

自分が「頂いている、生かされている」という実感がもてたらそれがすべて。今、この瞬間、その実感とともにいられたら、すべてが単純で、楽になる。この感謝の気持ちはすぐに忘れてしまうのだけど。

言われてハッとしたのですが、同感です。これだけお導きとしか思えないことばかりで出来上がっている人生を歩んでいながら、言われないとすぐ忘れて、「〜しなきゃ」ともがいてしまうのだけど。自分を見失っている時って、この感謝の気持ちをどこかに忘れています。あとから振り返るとどうでもいいことであがいている。そのときは全然その状態が見えていないので、あらためて第3者からはっと気づかせてもらえるって本当にありがたいと思います。



2015. 04. 12  
昨晩、一昨日からフランクフルトではじまったフォーサイスカンパニー最後の公演Kammer Kammerを観に行ってきました。15年前の作品で、フランクフルト市立バレエ団時代のプリマとプリンシパルが主役を演じるゲイとレズビアンの交差する人間関係を描いた作品だったそうなのですが、こんなに解りやすいテーマなのに解らなかったの?と後で言われるまで内容が解らなかったという、よくわからない作品でした。

Kammerというのはドイツ語のZimmer(部屋)と英語のCam(カメラ)をかけたもの?のようで、舞台、とくにモニターの仕掛けと芸術性には感動しました。ステージがいくつかの部屋で仕切られ、一番手前で踊ってくれるシーン以外は観客は壁のわずかな隙間かモニターでしか観られない。断絶、同時並行、関係性の平行、こういったモチーフはフォーサイスの作品には決まって出てくるのですが、最後にあらためて初期からこのテーマが前面に押し出されているのが解って、なるほどと原点を見る気がしました。

主役の二人がずっとしゃべり通しなのですが、それが何について言っているのかさっぱり解らない。いや英語がわからないというより、言語がひっかかりを持たず、右から左に抜けて行ってしまうのです。何が言いたいのかがさっぱりわからない。後期の作品だと、照明も音響もうんと減って、セリフももう何語でもない変な声での会話になるのですが、これに繋がっていった理由が解る気もします。きちんとした文章なのに、まったく意味を持たない音の羅列にできるってすごい。

説教などがいい例だと思うのですが、人間てある程度以上の音量と情報量になると防衛機構が働いて聴覚が自動的にシャットダウンし、音は入って来るけれど聴いてない、という状態を作りだせるみたいです。(聴覚過敏症や自閉症はこの機能が停止した状態。)まったく意味不明のモノローグをずーっと聞かされて、なんだか情報を拾おうという回路が断たれてしまう。観客とのコネクションも、舞台でのコネクションも、全部断ったところに現れるのは、ぐるぐる回る脅迫的な一人の思考回路。

これは私の印象なので、他の観客はスタンディングで賞賛をしていたような素晴らしい内容だったのでしょうが、私には、正真正銘わからなかった〜〜〜〜〜。関係性についてあれだけ掘り下げて来た(ように見えた)カンパニーが、最後にたたむ前にこんなにヒステリックな一本調子の作品で終わるのも、常に人の裏をかくことを楽しむかのような彼特有のウィットなのかもしれません。

フォーサイスカンパニー解散後は、トゥシューズを履いて踊るダンサーたちによる、よりダンスを前面に押し出したカンパニーが後を引き継ぎます。プロのダンサーによるダンスパフォーマンスを存分に堪能出来るようになります。フランクフルトの観客にはおそらくそちらの方が受けがいいでしょう。でもこれでもかとアクを見せつけられて来た私などは、このひねった表現に妙に愛着が湧いてしまって、アクのないパフォーマンスにちょっと拍子抜けしてしまうかもしれない。実際へんな作品ばかり踊って来たフォーサイスカンパニーのダンサーたちは、カンパニー解散後、若いダンサーも含めて全員が、新しいカンパニーには残らずフリーになる道を選んだことも、このあたりの事情を物語っています。

この作品は19日まで続きます。一つのパートを複数のダンサーが踊るので、日によってカラーがまるで違うものになるのも面白い。観客席によって、踊るダンサーによって、作品がまるで違うものになるというのは一つの作品を何回かみて知りました。初期の頃の超自我が強い個性的でアクの強いダンサーたちが去って、性格のいいダンサーがそのパートを踊ると、まるでテーマが違うものになってしまうのも面白い。昨日さっぱり解らなかったのも、超個性の強いオリジナルメンバーの不在によるところも大いにあるだろうな、と思いました。私は最終日にもう一度行ってきます。

プロフィール

rolfertakami

Author:rolfertakami
鎌田孝美(Takami Kamata)

http://www.takamirolfing.com

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ヨーロッパロルフィング協会に所属する、
ヨーロッパで第2号の日本人ロルファーです。
英国スクールオブホメオパシー
アドバンスプラクティショナーコースに在籍し
現在臨床を行っています。

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内側に深くしまいこんだこだわりを、抱きとめ、見つめ、解放し、
かわりに内側で眠る可能性に光を与える。
身体が目覚め、失ったものを取り戻していく過程を
みなさまと楽しんでいきたいです。

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・ヨーロッパロルフィング協会認定
公式アドバンスロルファー
・同ロルフムーブメントプラクティショナー
・直傳靈氣師範
・全米ヨガアライアンス認定
ヨガインストラクター
・陰ヨガインストラクター
・ソースポイントセラピー認定施術者

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<セッションのお申し込み&お問い合わせ>

rolfertakami@gmail.com
+49(0)6171 279 0088

・・・・・・・・・
2017年冬 東京セッション
12月27日(水)〜1月3日(水)


2017年 直傳靈氣講習会(フランクフルト):

前期10月20日(金)14:30〜18:30
  10月21日(土)9:30〜12:30
       14:00〜17:00 
後期10月20日(日)9:30〜16:00
        
      
直傳靈氣交流会(フランクフルト)
10月23日(月)16:00〜18:00

ホメオパシーについて語る会
10月18日(水)14:00-17:00
内容
ホメオパシーとの付き合い方:
ーファーストエイド
ーミニコンサルテーション
Abby Takarabe, Peggy Bideホメオパスを
聖地スワジランド、オーストラリアから
講師にお招きします。

参加費用:
50ユーロ

直傳靈氣交流会(東京)


参加お申し込みを受け付けております。
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Profile:

Takami Kamata

Certified Advanced Rolfer®
Certified Rolf Movement®Practitioner
Jikiden Reiki® Shihan
Registered Yoga Teacher
SourcePoint Therapy® Practitioner

Contact me at:

rolfertakami@gmail.com


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