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2018. 07. 23  
昨日一番書きたいところを書く前に寝落ちしてました。
誤解を招かないようにきちんと定義する必要がありました。

私たちは人間として基本相互依存していると言いました。
私は依存という言葉を「・・がないと生きていけない」という意味で使いました。

私たちは哺乳類です。
哺乳類は愛の営みを通して、とても弱い形で生まれ、
母乳を飲んで育ちます。
一人で生きていけるようになるまで
庇護を約束するグループ(主に家族)に守られて育ちます。
たった一行で言えてしまうけれど、
私たちの多くが当たり前だと思っているこのプロセスを
完遂できている人が本当はどれだけいるでしょうか・・・・。
このプロセスで傷つくと、多くの場合のちの人間関係に影響が及びます。

植物みたいに、魚みたいに、遠隔で生殖行動してたら
爬虫類みたいに感情なく生きられたら
カシの木みたいに一人だけだけですっくり生きられたら・・

でも現実に私たちは
グループを希求し
パートナーを希求し
愛を希求する生き物です。
これの一つでも欠けた状態は不自然で
苦しくて生きていけない状態なのです。

グループに保護を、庇護を求める。
感情で繋がり、愛で繋がるグループを。

これらを希求するのは自然な
最もベーシックな生理的欲求。

まずここに誤解のないように。
電子レベルの欠乏感は、感情を伴う希求になる。
高度に発達した脳を持つ私たちは感情があり、心を持っています。
無機質な電子とケミカルだけに動かされていない。
愛による結合に支えられる私たちは、愛なしでは生きられない。
愛によって生かされる生き物です。

私たちはお互い求め合い、支えあうように生まれてきています。
誤解しないでください、これは自然です。共依存ではありません。
これを求めることを怖がらないでください。

助けが欲しい時に助けて、と言えれば、いいのです。
それができないから、苦しみに向かってしまうのです。
助けてと言えたら。苦しいと素直に言えたら。
それが言えたら歪んだ形で、抑えのきかない状態に行くこともないのに

その自然さが奪われてしまっているのです。
なぜか。
ー自分が悪いから。
ーそんなことしたら迷惑だと思われるから。
ーもっと怖いのは、拒絶されるから。
ーそんなことしてもうまくいかないから。

ー実際にもちろんしたことはある。
ー普段なら絶対に出せない勇気を振り絞って。
ーこれに賭けようと思って。
ーでも、結果は・・・まさかの結果に打ちのめされた。
ーあんなことしなければよかった。
ーほら、わかっていたじゃない、私はダメなんだ。

それは自分のせいにしないで。
それはトラウマです。幻想です。魔法のかかった状態です。


共依存という病んだ関係には、特徴があります。まず自分のパターンが、建設的でない、不健康なパターンに陥っているかどうか、確かめてください。

以下のチャートをチェックして、まずご自分自身にどのくらい共依存の関係に陥りやすい要素があるかをご確認ください。
以下、アメリカの治療団体MHAからの引用です。以下の文章にどれだけ共感しますか?

・ある人の行動に対し過剰な責任感を感じる
・同情心で恋に落ちやすい。そういう人を愛することで救ってあげたいと思う
・その人の全てをシェアしてほしい。その人が望む以上に。その人が自分だけのスペースを欲しいというと拒絶された気分になる。
・その人のためにしてあげた努力を認めてもらえないとものすごく傷つく
・その人のリアクションによって受け入れてもらえなかったと感じると、即見捨てられたと感じる。
・過剰な承認欲求・・認めてもらいたい。
・自分のやっていることに罪悪感が常にある。
・相手をコントロールしたいという衝動がある。(多くの場合は無自覚です。その代わり、相手のミスや弱点にいつも目を光らせていて見つけたらそこを最も相手に打撃のある形で攻撃する。)
・基本的に人を信頼していない
・根源的に、見捨てられることに対する深い恐怖がある
・自分の感情がよくわからない
・変わることが苦手。変われない
・親密になること、境界線の引き方がよくわからない。ものすごくよそよそしいか、他人の領域に入り込んでしまうかのどちらか
・根源的な怒りがある
・嘘つき、不正直
・コミュ障
・決断力に欠けている。自分で決められない。


実際の関係が共依存の関係かどうか判断するために、以下の質問にお答えください

1 口論にならないように口をつぐむ傾向があるか
2 いつも他人にどう思われているかを気にしているか
3 何かの依存症にある人と暮らしたことがあるか
4 自分に暴力を振るう人と暮らしたことがあるか
5 人の意見の方が自分の意見より重要か
6 職場や家庭における変化に適応することが苦手か
7 大事な人が誰か他の人と過ごすと拒絶された気分になるか
8 なりたい自分になる、ということに不可能と感じているか
9 自分が本当に感じていることを他人にいうことに抵抗があるか
10 自分は不適切な人間だと感じたことはあるか
11 間違いを犯した時、自分は悪い人間だと思うか
12 他人から何かをしてもらったり贈り物を受け取ることに抵抗があるか
13 自分の子供やパートナーが間違いを犯した時、自分が侮辱されたと感じるか
14 あなたが絶え間ない努力をしていないと、あなたの人生の中にいる誰かが転がり落ちてしまうと感じていいルカ
15 何かする時、誰かが助けてくれたら・・とよく思うか
16 上司や偉い人と話す時萎縮するか
17 自分が誰でどこに向かっているかわからなくなるか
18 頼まれたときにノーと言えない
19 助けを求められない
20 あまりにもいろんなことが一緒くたに起こっていて、それぞれを公正に扱うことができない


複数の項目に対して自分が当てはまると感じる場合、その関係は健全ではありません。エネルギーをすり減らし、建設的な支え合いとはなっていない関係です。こういう関係を終わらせることは多くの場合かなりの痛みを伴います。


我慢しないで、
一人で耐えないで
それを変える勇気を持ちましょう。
相談する、助けを求める勇気を持ってください。

専門家にご相談ください。
私も個人セッションでお手伝いしています。
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2018. 07. 23  
今日はトラウマセラピスト(European Somatic Experiencing® Practitioner)としてお話しさせていただきますね。

10年前くらいから臨床現場で使われ始めた共依存という言葉。最初はアルコール中毒患者とその家族の関係を指すのが主でしたが、その後DV(家庭内暴力)や複合的な心的外傷後ストレス障害 (C-PTSD)や他の関係も広く含むようになりました。多くの場合生まれ育った家庭環境が原型となって、その後の関係に投影されています。

共依存(きょういそん、きょういぞん、英語: Co-dependency)、共嗜癖(きょうしへき、Co-addiction)とは、自分と特定の相手がその関係性に過剰に依存しており、その人間関係に囚われている関係への嗜癖状態(アディクション)を指す。 すなわち「人を世話・介護することへの依存」「愛情という名の支配」である。(ウィキより)

要するに健全でない相互依存の関係。

今回は病的な嗜癖ではなくて、もっと一般的なsavior-victim relationship(犠牲者と救済者の関係)について。

救済者は、犠牲者を救う、という大義名分が自分の存在価値になります。
だからアルコール中毒症状に苦しむ家族に同情し、DVを振るうパートナーに耐え、振り回され続け耐え続けるうちにどちらが犠牲者でどちらが救済者かわからなくなります。

この関係は実はとても魅惑的なのです。両者とも、自分の存在価値を十分に味わえるから。この関係に陥りやすい人は極端に自己評価が低いです。それが家庭環境からきているか、それともこの関係そのもので養われたか、あるいは過去生や祖先の記憶からきていて今世では全く心当たりがないか、理由は様々ですが、でも自己評価が低い。自分の価値が自分ではどうしても見出せない。だから自分に少しでも役割をー価値をー与えてくれる存在が救済主になります。

この役割を演じている限り、自分自分が何から逃れたいかに向き合わずに済みます。目の前の人があまりにも苦しんでいるのがわかるので、あるいは自分があまりにもこの関係に苦しんでいるので、何がこの関係を維持させようとしているのか、この関係を維持することで自分が何をしなくて済んでいるのか、これに向き合わずにすみます。

私の中に、好んで救世主になろうとしているエゴはないか。知らず知らずのうちに相手のトラウマや弱点をついて罪悪感を煽るなど卑怯な手を使って相手を貶め、それを救ってあげることで自分の価値を高めようとしていないだろうか。相手を貶めることで自己イメージを下げさせ、それによって相手を支配、コントロールしようとしてはいないか。

相手に振り回される役を負うことで、犠牲者という大義名分を得て、本当はどうにもならない、根源的な、生きていることへのとてつもない怒りをごまかしていないか。犠牲者であれば自分から動かなくていい。翼がもがれて羽ばたけないのは奪われてるから。奪われているから私は自らなにもしなくてもいい。

この関係によって都合よく押し込めているものが、私がエゴの維持のために最も向き合いたくない部分。




私たちは、魂の完全さを追求するために、一度自分が完全であったときの記憶を捨ててこの世にやってきました。魂の源と再び繋がり完全さをとりもどす過程は、基本一人でやるもの。数々の関係を持って、数々の関係から学んで、それでも結局は一人でやる作業。

じゃあ関係って何。

電子から成り立つこの世界に生きる私たちは
基本不安定で動き回って収まる先を求め続けます。
根源的に
私は源から離れてしまった、
魂の傍が横にいない、
私は欠けている、
こういう感覚がある。

ー私は欠けている。
何がどうかけているのかわからない
その部分を埋めてくれるぴったりの片割れに出会えばわかる
何を私が希求していたか
この隙間を埋めてほしい
そうしてこのさすらいの旅を終わらせてほしい

関係を希求し渇望するのはこの感覚。

本当は、自分の魂の源と再会する作業は自分の内側の作業。
でも、私たちほとんどが、
こうやってこの作業を関係の相互作用にすり替えてしまっています。

運命のピースに出会ったら、
この大変な探求の旅が自動的に終わってくれる、
みたいな壮大な誤解。

本当はそうじゃないです。

でも幻想は呟きをやめない。
相手を求める気持ちが欠乏感から来ている以上
そこに依存のタネは必ずあります。
人間関係のベースは基本相互依存。

なんだか不健全じゃないか。
修行僧はきっぱりと人との相互関係を断ち
源と再結合する道に専心することを選ぶ。

魂の旅に出たければ僧になるべきなのか
俗世界の我々はじゃあこの人間社会をどう経験したいんだろう。
何を学びたいんだろう。
自分が不健全だと、欠けている部分は理想の相手を見つけることでは埋められないと
なんども何度も失望するためだろうか。
それともそんな希求を持たなくて済むように
相手が何をもたらしてくれるか、
自分の条件を振りかざすことだけに専心すればいいのか。

全ての人間関係が依存なら
私たちは修行僧のように
相互関係を絶って、自分の魂とだけ向き合えということ?

究極の関係ってなんだろう。
お互いが100%充足した状態で、2人が合わさるケミカルがその100%を何倍にもすること?

修行僧のように、一人で直接完全に自己完結するだけに飽き足らず
自己完結したさらに先に、相互作用を期待すること?


共依存の甘い罠と、それを超えた私自身の魂の再統合。


大きなテーマなのです。
まずは自分の傾向を知ること。


プロフィール

rolfertakami

Author:rolfertakami
鎌田孝美(Takami Kamata)

http://www.takamirolfing.com

・・・・・・・・
ヨーロッパロルフィング協会に所属する、
ヨーロッパで第2号の日本人ロルファーです。
ホメオパス(RSHom)でもあります。

ロルフィング
ホメオパシー
SE(トラウマ解放ワーク)
エネルギーワーク
を複合したセッションで皆様のお手伝いをしています。

・・・・・・・・

内側に深くしまいこんだこだわりを、抱きとめ、見つめ、解放し、
かわりに内側で眠る可能性に光を与える。
身体が目覚め、失ったものを取り戻していく過程を
みなさまと楽しんでいきたいです。

・・・・・・・・

・ヨーロッパロルフィング協会認定
公式アドバンスロルファー
・同ロルフムーブメントプラクティショナー
・英国登録ホメオパス(RSHom)
・直傳靈氣師範
・全米ヨガアライアンス認定
ヨガインストラクター
・陰ヨガインストラクター
・ソースポイントセラピー施術者
・ソマティックエクスペリエンス施術者

・・・・・・・・

<セッションのお申し込み&お問い合わせ>

rolfertakami@gmail.com
+49(0)6171 279 0088

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.................

Profile:

Takami Kamata

Certified Advanced Rolfer®
Certified Rolf Movement®Practitioner
Registered Homeopath
(RSHom, SOH Advanced Practitioner)
Jikiden Reiki® Shihan
Registered Yoga Teacher
SourcePoint Therapy® Practitioner
Somatic Experiencing® Practitioner

Contact me at:

rolfertakami@gmail.com


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