< >
2017. 08. 20  
雨ばかりの寒い夏がもう終わりに近づき、この冷たく透き通った風や高い空は秋の気配。
IMG_5362のコピー
IMG_5392のコピー
(今日の私。疲れ切った記念・・。)

今年は本当に色々なことがあって、私は夢を見ていたんだろうか、フィクションでも書いてみようかな、というか私の人生そのものがフィクションだったのか、とぼんやり思ったりしています。

さて5週間の本当に心身ともにインテンシブなトレーニングが終わり、アドバンスロルファーの証書とともに帰宅しました。
20917092_1985381715031935_1523543689_n.jpg

ロルフィングはいつも私の人生に革命を与えてくれたけれど、今回もそうでした。トレーニングもそうだったけれど、今回はトレーニング外もすごくて激しさ倍増、会う人会う人を通して、千本ノックを受けてきたような気分です。もう時間がない、いい加減にしろ、とばかり。

ーもう自分を偽るのはやめなさい
ーもう必要なものは渡してある
ーあなたはもう知っている
ー執着を捨てなさい
ー捨てたら、次が始まる

ーあなたに繋がりなさい

ロルフィングは自分探しの旅。旅の終着駅はここ。


今回のトレーニングは先生も周りの生徒も全てが完璧なコンフィギュレーションだった気がします。right moment, right person. 人生には必要なことしか起こらない。全ての人からたくさんのことを学びました。

まず先生のテシー。Leon Fleisherの筋ジストロフィーを治したことで有名な先生ですが、彼女のあり方から随分学びました。

Leon Fleisher - Two Hands from Thomas Duperre on Vimeo.


すっごくフェミニンでドイツとスコットランド人のハーフとは思えない小柄さだけど、ロルファーになる前は科学者(バイオロジスト)だったので基本リケジョ。Why am I doing what I am doing?というのを常に自分に問う姿勢に喝を入れられました。自分がやってることがわからないのよね、ははは、で43年やって来ているシャロンと対極的。左利きで理系、というだけでなく写真を見たときからずっと気になっていた部分はパートナーから聞き出して、やっと自分がなぜテシーにこだわったか最後にわかりました。

彼女の目、彼女のタッチ、これは優秀なハンターのようで、狙った獲物を一発で仕留めることを諦めず強い意志で持ってずっとずっとやって来た人の体現するものはもう畏怖を持って眺めるしかなかったです。で、今回は本当に本能の部分で突き動かされるものを感じて本気になりました。素敵、すごい、程度じゃなくて、もう頭をかきむしるくらい悔しい思い。彼女の迷いのなさ、彼女の進む方向を見極める確かさに対し、ああ私甘すぎた、無駄が多すぎた、と。ここから先は私にはこれが必要。

直感でやってしまって来て、それで済んでいたことを、全部解剖生理学の知識で裏付ける作業に置き換えました。恥ずかしながら今更!!!だけど今はアナトミーソフトで日夜常に自分のやっていることを確かめています。触っている部位が、それがどの層で、どういう意図によるものなのか、常に覚醒すること。無駄なタッチは一切しないでthat oneだけを狙う。そこにアクセスすると、全部が解ける。

アドバンスロルファーになった今、セッションの進め方は劇的に変わりました。無駄なタッチを意識的に全部省くことにしたから。75分(サービスのつもりで時には90分)かけていたセッションが45分で終わるようになりました。結果はこちらの方がずっといい。今まで未熟でした、としか言いようがないですが、あれがないとここまで来れなかったと思いますのでお許しください。

環境から言って、セッションの多くが既にアドバンスの内容を求められる中で仕事をして来たので、傲慢にもこのトレーニングはどちらかというと息抜きのような気軽な気持ちで行ったのですが、とんでもなかったです。今までこんなに知らなくてごめんなさい、今まで来てくださっていた皆さん、ごめんなさい、あの時これを知っていればあの問題は解決できたのに、と後悔雨嵐、眠れない夜が続いて3時間以上眠れなかったのです。余裕がなくてご連絡できなかったのにはこういう事情がありました。

テシーは多分その性格から、授業でも無駄が全然ないので、放っておくとどんどん先に行ってしまう。最初は色々なことが重なってスペースアウトしがちだった私も、途中から何しに来てんだと自分に頭にきて、その後はもうなりふり構わずニーディでめんどくさい雰囲気を全身に纏って物分かりが悪くつまんない質問を何度もしてクラスを止め、テシーがうんざりする様子に傷つきながらもしぶとく食い下がりました。だってこれが終わったらもう教えてくれる人がいない。

私みたいな粘着質でスローでめんどくさい人間絶対嫌われてると思っていたのですが、最後の面接であなたはいい生徒だったわよと言われて耳を疑いました。(好きだとは言われなかったけど。)学ぶ気があったでしょと。(それはその通り。)

相手に好かれたい、嫌われたくない、というのが人間関係の全てになってしまう自分の傾向に鞭打って、元は取らないとと自分の利益を追求することを学んだドイツ・・・ああ、こんな人になってしまった。捨てよ、今までを捨てよ、とのメッセージのままに、ボーズのイヤホンをなくし、ブランドウォッチを誤って洗濯機に入れて失い、お気に入りのお弁当箱を2つなくし・・・執着の対象がもうこれでもかというほど次々旅立ちました。ある部族は年に一度、自分の最も大事にしているものを持ち寄って寄せ炊きをするpotrach(みたいな発音)という儀式をするそうです。次のステージに進むために。ああ、私はこれを言われてるんだな、と。泣いたりすがったりしたいエネルギーが無理やり強制リセットされるのを見送り続けました。正直に言います。ああ疲れた・・・・

かけがえのない時間、かけがえのない言葉、かけがえのないサポート。一方で失い失いつづけ、同時に信じられないくらいのものを与え続けられました。一方的に受け取らせていただきました。恩返しは、別の形に変えて天に返します。まずは私に与えつづけ支え助けてくださった皆様に感謝を捧げます。本当にありがとうございました。そして同時に、これを学び続け、乗り切った自分にも拍手。
2017. 06. 18  
連日夜10時まで日が出ている夏時間を楽しみながら、7年待って1週間で燃え尽きるセミのような気分でいます。私たちの人生もこんなもんかなと。人生でスパークする瞬間て、長い長い待ち時間のあとのほんのひと時。その一瞬その瞬間に全身全霊を捧げるために、残りの暗闇で暖かい夢を見ている。その一瞬のその場その時に生ききるために。千年待って一瞬。でもその一瞬が千年。

本当はその大きな波は自分で決めたのだけど、あまりに壮大な時間の流れなのでいつの間にか細部にとらわれ、自分で作ったシナリオを忘れてしまっていた、というのがこの世を生きるわたしたちなのかも。

先日久しぶりにダンスを観に行ってきました。WiesbadenのStaatstheaterで行なわれているRough Lines.イスラエルの振付家Itamar Serussiが振り付けたもので、舞台を完全に変えた2本立ての構造。ストーリー性があって、わかりやすくて、なにより生演奏の音楽と美しいコスチュームがよかった。人間て美しくてセクシー。こういう表現をできる人たちってもうその存在そのものに拍手。ありがたい。

このショーはイスラエル出身という彼のバックグラウンドが作品に多大に貢献しているようで、一本目は呪術で生きていた古代の私たちの記憶を呼び起こすような地に響くリズムが始終鳴り響き、このバックグラウンドの生演奏にとにかく魅了されました。この音楽のCDほしい。とにかくあの着地した踊り、これ自分自身のために踊りたい。2本目はどこかエジプトを連想したのですが、対照的に振り付けはうんとエアリー、セクシー。ああ男性ってこんなにセクシーで、女性ってこんなにセクシーだったのねとうっとりしました。人間がいまの私たちの体型になったときの原型?そんな美しさ。原始時代、いまのロックやポップがない時代、人々はこういう呪術や踊りでエネルギーを鼓舞し生きる力に変えていたんだろうなと改めて感じました。時代は変わったようで私たちは変わってない。

Wiesbadenに向かう道はむせかえる緑が迫る夏の力強さを見せてくれて、長いショーが終わってもまだ陽が出ていた。劇場のキャンティーンで夜遅くまで話し込んで、くたくたになったはずなのにエネルギーをたくさん注いでいただけたような貴重な一日でした。

思えば今年になってますます、一対一という関係に没頭していて、気がつくと不特定多数に対して発信するエネルギーがもう残っていない・・。もうすこししたら、もうちょっとバランスのとれたアウトプットになるかなとも思いますが、いまはこの時間あなたととにかくガチで勝負みたいな感じの日々が続いているので、ワンワン鳴く夏のセミになるのはもうすこし先になると思います。今年の直傳靈氣も本当にガチの個人へのメッセージを届けに行くつもりだし。外への働きかけを一切サボっているのに、私を見つけてご連絡くださった方、いまでも忘れずご連絡くださる方、本当にありがとうございます。感謝しています。まもなくお会いするのを本当に楽しみにしています!
2017. 06. 02  
6月に入って、まもなく今年も半分終わるんだなというしみじみとした気分。いまが最高の季節で、連日夜8時をすぎても明るいので、1日の仕事が終わった後夜9時くらいに散歩に出て、朝5時にはすっかり日が昇るので早起きして長い朝を楽しむ生活です。こんなに恵まれた季節はドイツでは短いので、本当につかの間の幸せ。人々の太陽にたいする渇望度というのが日本人の比ではなくて、最初は鼻で笑っていたのが最近は死活問題になってきました・・四季がこんなに均等にあって、それぞれの季節が美しい日本てものすごい国。

ホメオパシーのケースやSE(トラウマ救済)のケースをとっていると、わたしがこれを生業にするのは自分の救済のためだったんだなということがしみじみとわかります。冷静沈着さと客観性が求められる立場。本来の自分の性格と違うのでずっと格闘してきて、何度もくじけてやめようと思うたびにいくつかの奇跡に助けられてここまで来て、何度も燃え尽きて、やっぱりいまわかるのは、欠陥にとらわれないで得意なところを活かせばできないことはない、ということ。

やっぱり周りが西洋人なので、クライアントさんは西欧文化のバックグラウンドを持っています。(ちなみに日本はアジアでありながら、精神性はかなり西洋人。本来のディープアジアとはどんどん離れて行っている。)

西洋人の特徴は、とにかくお行儀がよく、人の目を気にするところ。生きる!という第一次的欲求を満たすことで日々がいっぱいの紛争地域やアフリカ諸国、インドの人たちと違うベースで生きている。アフリカに住んでいる同僚ホメオパスと色々話して、しみじみこのバックグラウンドの違いを確認しあいました。日本と西欧諸国で必要とされるレメディやコンサルティングは、インドやアフリカで必要な処方と全然違う。

わたしは日本と西欧のバックグラウンドしか知らないので、限定的になりますが、日々感じるのが以下のテーマ。

愛着問題

愛されたい・・
これは哺乳類の宿命。すべての基本。フロイトのいう口唇期でトラウマを持つと、その後の人間関係、とくに恋愛に大きなトラウマが残る。

承認欲求

見て見て!という原始欲求から、社会に認められたい。実力を評価されたい、というところまで

不足感

わたしは不十分だ。いまのわたしではxxには愛されない。いまのわたしではxxには認められない。

分離感

わたしは繋がってない。xxとのつながりを感じられない。

そこから2時的に発生する

罪悪感

(上の4つを満たせない渇望感から)xxしてしまうわたしは悪いことをしている。


私たちはこの思考パターンのどれか一つは必ず持っています。この思考パターンは世代を超えて、社会をまたいで、受け継がれてくる。逃れようともがいて、癒されたいと希求して、それでもやっぱりべったり張り付いたパターン。


ケースをとっていると、ああ、あなたはわたしね、と思います。コンサル中に自分のことをが目に浮かんでスペースアウトしないように必死でしがみつきながら、ああこれはわたしたちのために神様が用意してくださった時間と空間だと思うことがよくあります。

必死でレメディ検索して、いまだに1ケースめちゃくちゃ時間がかかってしまうこの要領の悪さと作業の多さに嫌気がさしますが、エネルギーの凝縮したその1粒を選んだ時、それが働き始めたときの微細な動きがだんだんわかるようになって、わたしのところに来たあなた、そのあなたにこれを渡すわたし、という構図の奇跡を感じる機会がすこしづつ増えてきました。

えらそうなことを言っていますが、わたし自身もがいています。あなたに対して発している言葉全部そのままわたしにたいする言葉。この愛着、承認欲求、不足感、分離感、罪悪感にもがいている方。わたしもまったく同じなので、同じようにもがいているので、おなじようにこだわり、そのためのセラピーを探してきました。そして残念ながらわたしはわたしを癒せないのを知っています。わたしの場合はまだ他者が必要です。他者に助けを求めます。そして、それでいいと思っています。あえて悟りによってこのボルテックスの外に出ないことを選びました。そして、こういう位置でセラピストでいることでいいと思っています。助けて、と言えない方。助けて、といった方がいいこともある。それを恐れないでください。救いを求めて伸ばした手を取ってもらえなかったときの絶望と孤独はよくわかります。でもそこで終わりではないのです。その先に行く勇気を持って。その先に行ってはじめて見えてくるものがあるので。


2017. 05. 30  
待ち焦がれていたけれど突然やってきた真夏日に割と多くの人がダウンしているこの頃です。私としてはこのぐったりする暑さは大好きなのですが。最近は早朝の鳥たちのさえずりがオーケストラなみの音量なので寝ていれらず、朝5時起床、冬の間は体調崩すので食べられない禁断のマンゴーや大きなパパイヤを好きなだけ食べて、まだ自由時間を取れる夢のような毎日。

先週1週間は、キリマンジャロの麓の聖地スワジランドから集中セッションに来てくれていた私のソウルメイト&ホメオパスの同僚&尊敬するママ/妻である親友と連日語り明かして、しみじみ関係というものについて考えていました。

関係。

ホメオパシーのケースやSEのケースをとっていると、私たちが壊れるきっかけは出来事そのものにはないというのがよくわかります。この出来事を、私の「自我」がどう経験するかが問題。この「私」がこの事実をどう受け止め、どう反応したか、というところが問題。

自我は出来事を事実とはうけとりません。そこに自我の解釈を入れるから。自我を納得させるには理由がどうしても必要なのです。以前のトラウマと結びつけて(オーバーカプリング)いつものボルテックスに入り込み、感情的になったり、あるいはそれより深いとシャットダウンします。


たとえば解雇通知をもらったとします。

ここにあるのは、会社はxxという人間を必要としなくなった、という事実。
エネルギーでいえばxxさんのエネルギーのアウトプット(業績)が、会社のエネルギーのインプット(お給料)を下回る、という事実。

組織の陰謀や冤罪とか、まあいろいろあったとしても、エネルギーの法則でいえば、関係が壊れるときというのはエネルギーがバランスしなくなったとき。

これだけではもちろん自我は納得しません。「私」が存在するためにどうしてもその理由が欲しい。

この事実に対してxxの自我は

私のパフォーマンスが十分じゃなかった。
上司は私を正当に評価してくれない。
私は見下された。

さらにこれをオーバーカプリングして

私という人間は劣っている。
私は不十分だ。社会で認められる水準を満たしていない。
私は社会に必要とされていない。
社会は私に冷たい。周りはみんな敵だ。

私は社会に受け入れられない
やっぱり私はダメな人間だ。

もうなにもかもダメだ。
もう取り返しがつかない。

最後のほうにいくとさすがにこれは飛躍だと笑いたくなりますが、
負のループに入ったときはこれらが当たり前のようにくっついてきて
本人としては大真面目に最後の2行あたりをぐるぐる回ったりします。


恋愛関係でいうと辛いのは片思いと失恋。

世間を見ればわかりますが、恋愛関係のほとんどはうまくいかなくて、歌などはあなたとラブラブでハッピーみたいなものに共感する人はほとんどいなくて、恋い焦がれる、失った人に執着する、みたいな歌が圧倒的に支持されるし、占い産業はそういう状況にいる私たちのためにある。

エネルギーは高いところから低いところに流れる。
エネルギーにいい悪いはない。
エネルギーの種類の違いは周波数の違い。
エネルギーに必要なものは流れ。


エネルギーでいえばxxさんのエネルギーが、彼(女)のエネルギーと出会った時にその方向に向かった、というだけ。

事実はこれだけ。xxさんのエネルギーが悪いのでも、不十分なのでもない。ただ両者のエネルギーの流れがその方向にむかったという事実があるだけで、そこにはxxさんの非はなくて、そのお相手にもない。これを大抵の場合「悪い」作用が働いた、自分の非だ、と受け取るので苦悩が始まるのです。

私たち、片思いのときにはその人の好みになりたいと切望するものなのですが、この人の好みになるには?みたいなことで頭がいっぱいなときには、すでに相手はこちらのそのまとわりつくようなエネルギーにうんざりしている可能性が高い。寂しい事実なのですが。恋占いみたいなものに全く興味がないときの方がモテたりするのがいい証拠です・・・。

関係が壊れるとき、そこにはエネルギーが働いているのです。そして私たち、うすうす、本当はかなり正確に、それを感じあっています。でもやっぱり自我は別の解釈を求めて慰めを求めているのですが。

なにかの停滞を嘆いている場合、ご自分のエネルギーが本来の方向に流れるように導いてあげてください。好きなことを自信を持って進められる方向に向かうように。自信を失って相手目線での私を作ろうとしているとますます辛いボルテックスに入っていきます。関係が辛いときこそ自分のエネルギーを見直すいいチャンス。思えばあと1ヶ月ですが、今年の夏の靈氣講習会はこの辺りにフォーカスしてお話ししますね。


2017. 05. 11  
今年のヘッセンの春は大いに盛り下がっていて、寒いし暗いし雨ばかりで11月のように憂鬱に落ち込んでいたら、やっと昨日から春らしい気温になってきました。ずっと干ばつが続いていたからこの時期の雨は恵みの雨なのだけど、この寒さはいらない。今日いつもの調子でフリースにダウンジャケット、ウールの靴下でもっさりと外に出たら人々は半袖だった。状況が読めない。

今日は身体を通して心の問題に向き合う上で本当は決して避けて通れない大きなテーマについて取り上げてみます。性のこと。

日本では草食系がさらに進化(‥)した絶食系男子というのが出現し、女子はオトメンと美を競うまでになっているようですが、なにか茶化していられないものを感じていました。口説かないと女性に失礼と思っているイタリア人(やバブル時代の男性)を軽薄というより勤勉と称えたくなる昨今。日本人のセックスレス(2014年の統計で44%)は世界に衝撃を与え、理由は長時間労働だとか二次元に走っているからとか言われていますが、何も日本だけに限らず現代人共通のテーマが浮き彫りになっているように思えます。すごく基本的な、触る、触られる、というテーマ。

日本てどんどん触ることから離れていっていますね。日本は先進国のどの国よりも母と子のタッチが長く、昔は私たちはお母さんが背中にこどもをひっつけた状態でテキパキを家事をこなすのを自然に見て育ちました。圧倒的に家事労働の多い日本の母の背中に貼り付けられた子供たちは、お母さんの背中のぬくもりを感じながら、お母さんと同じ目線で世界を学んでいきました。お母さんにたいするアタッチメントがとりわけ強く、社会に出る=デタッチメントの儀式をする日本人の特徴。

西洋だとこれ全然違います。今は意識的に変える人もいますが、基本産んだら即別室、子供部屋を完全に独立させて小さい時から夫婦の寝室とは分けて一人で寝かせます。抱っこ紐などは使わず、出かける時も買い物かごのようなものにいれて持ち運んだり大きなバギーに入れっぱなしで、どういうわけか子供の方も聞き分けがよくほとんど抱っこをねだることもせずおとなしくおしゃぶりを咥えている。

私が西洋人は根源的に不安感が強いなと感じるのはどうもこのあたりと関係がある気がしてしかたなかったのです。人間のもっとも根源的な衝動である触る、触られるという行為が小さい時から制限されている。日本人は社会に出たとたんに人とは距離を置くことを訓練するようになりますが、でも乳幼児時期には家族やら親戚やら(昔は村じゅう)がよってたかってかまってきて、自分はどうやらなにかに所属しているらしいという帰属意識が植え付けられる。西洋だと、アイデンティティの確立というものが基本もっとも大事なので、一人に慣れさせられるのです。ここはもう、泣いて甘えて抱っこをねだるなんて選択はないのでただそれを受け入れるしかない。面白いことに、社会に出ると社交の場では逆にベタベタとスキンシップをするよう教育されるのですが。帰属意識vs個人の確立。日本人と西洋人はもともと子育てに逆のテーマを持っている。

最近はでも日本でもおんぶ紐だけは使いたくないというママが増えて、お腹だと状況が限られるので勢いベビーベッドに寝かせてビデオにお子守させる家庭が増えて、「買い物かご」で持ち運ぶ人も増えてきたので、ベタベタした子育てがずいぶん様変わりしました。そしてコミュニティに入り、そこではいよいよ本当に触らない文化に入っていきます。日本人は本当に触れる、触れられるという経験がどんどん減っていっている気がする。

今の若い男性が二次元の恋人に夢中になるのは、この実際の触る、触られるという経験が圧倒的に少ないからじゃないか、というか、このもうものすごく基本的な衝動が抑圧されているんじゃないかと思えます。子供が興味の対象物に自然に手を伸ばしたり、自然に口に持っていくようなあの一次的な衝動。それは単純な衝動で、単純な快。相手に拒絶される恐怖、自分のパフォーマンスにたいする自信のなさ、こういう思考のブロックの前に、その単純な衝動にスイッチが入らない。

自信のなさからマニュアル(AVなどのメディア)を必死で勉強するものの、このマニュアルがそもそも我々多くをげんなりさせる偏った情報の権化なので、この世界で描かれるものにげんなりして実際の関係を結ぶ前にすでに妄想に疲れ切り諦めて受け身に回った草食系と、その妄想さえ持たない絶食系。

成人男性のことをいうなら、自信のなさは別に日本男性に限らないです。私たちは基本自分の妄想の世界に住んでいて、人間関係というのはそれぞれの妄想の投影。うんと性が進んだように思えるアメリカでも男性の不自由さは変わりなくて、たとえばあの国は男というものは基本ジェームスボンドみたいじゃなきゃいけないと思われている。いつでも、どこでもやれないと男ではない。バイアグラはなにも老齢男性のものではないです。30台男性も利用している。

私は女性の立場でしか言えませんが、女性から言ったら、性の喜びという前提がそもそもマーケットに乗った情報とは全然違うところにある。単に触る、触られる、という一次的な衝動。守られている、一人じゃない、という根源的なアタッチメントへの憧れ。よく友達と話しますが、大きさとかテクニックとか、男性が最も気にするところは本当にまったく気の毒な勘違い。

女性から言ったら、恋人でも夫婦でも、日常生活すべてがすでに性の営みの一部です。特に女性の場合は男性のように溜まったからドレインするみたいな衝動では動かず、感情で動くので。スイッチを入れて急にモードを変えるなんてことはできない。もし女性にモテたかったらこの大きな誤解の呪縛から解き放たれるといいです。もっと自然で、もっと楽しくて素晴らしいものです。風に触れられる、木に触れられる、自然に抱かれる、こういう至高の喜びとまったく同列の感覚。なんだか男性も女性も自然からすごく遠いところに来てしまい、なんだかすごくあさっての粗い世界でがんじがらめになっているように思えます。

あえてこんなことを言ったのは、身体や心のストレスはまあたいてい人間関係からきていて、男性も女性もこの方面の抑圧が甚大だと感じているから。コマーシャルに振り回されないで、自然な情動や楽しさに素直になってみてください。お互いが傷つくのを恐れて、誤った情報に操作されたままコミュニケーションを絶っている、誤解を解かないまますれ違って諦めあっていると感じています。女性はいつまでも美しいと言われたい。男性はいつまでもポテントでいたい。お互いのこのどうしようもない欲求を満たす術は、本当にコマーシャルで言われていること??他の形でのコミュニケーションでは得られないもの?

私はロルフィングでもホメオパシーコンサルティングでもSEでも性のことを直接は聞きません。ただ、この妄想を取り払って自由になった時、いままでこの呪縛に不自由していたな、ああもったいなかったな、としみじみ感じてもらいたい。肉体を持って生まれた私たちの最大の楽しみのはずだから。
プロフィール

rolfertakami

Author:rolfertakami
鎌田孝美(Takami Kamata)

http://www.takamirolfing.com

・・・・・・・・
ヨーロッパロルフィング協会に所属する、
ヨーロッパで第2号の日本人ロルファーです。
英国スクールオブホメオパシー
アドバンスプラクティショナーコースに在籍し
現在臨床を行っています。

・・・・・・・・

内側に深くしまいこんだこだわりを、抱きとめ、見つめ、解放し、
かわりに内側で眠る可能性に光を与える。
身体が目覚め、失ったものを取り戻していく過程を
みなさまと楽しんでいきたいです。

・・・・・・・・

・ヨーロッパロルフィング協会認定
公式アドバンスロルファー
・同ロルフムーブメントプラクティショナー
・直傳靈氣師範
・全米ヨガアライアンス認定
ヨガインストラクター
・陰ヨガインストラクター
・ソースポイントセラピー認定施術者

・・・・・・・・

<セッションのお申し込み&お問い合わせ>

rolfertakami@gmail.com
+49(0)6171 279 0088

・・・・・・・・・
2017年冬 東京セッション
12月27日(水)〜1月3日(水)


2017年 直傳靈氣講習会(フランクフルト):

前期10月20日(金)14:30〜18:30
  10月21日(土)9:30〜12:30
       14:00〜17:00 
後期10月20日(日)9:30〜16:00
        
      
直傳靈氣交流会(フランクフルト)
10月23日(月)16:00〜18:00

ホメオパシーについて語る会
10月18日(水)14:00-17:00
内容
ホメオパシーとの付き合い方:
ーファーストエイド
ーミニコンサルテーション
Abby Takarabe, Peggy Bideホメオパスを
聖地スワジランド、オーストラリアから
講師にお招きします。

参加費用:
50ユーロ

直傳靈氣交流会(東京)


参加お申し込みを受け付けております。
.................

Profile:

Takami Kamata

Certified Advanced Rolfer®
Certified Rolf Movement®Practitioner
Jikiden Reiki® Shihan
Registered Yoga Teacher
SourcePoint Therapy® Practitioner

Contact me at:

rolfertakami@gmail.com


........

カテゴリ
Q&A (1)
検索フォーム
カウンター
カレンダー
07 | 2017/08 | 09
- - 1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31 - -
読者登録する


提供:PINGOO!
QRコード
QR